日本人はフランス語を誤解している!・・・と思うけどなあ・・・
フランス語系人のBO-YA-KI
風邪

強烈に寒い今年の金沢。
風邪をひきました。
お医者にいって、インフルエンザかどうかの診断を待つ間、診察室の壁に貼ってあるものをぼんやり眺めていると、人間の頭の断面図の中に「トルコ鞍」という部位があるのに気付きました。ウィキで調べたら「とるこあん」と読むそうで、随分昔のイギリスの学者が付けたラテン語名からきているもので・・・ そういえばお腹の中にはランゲルハンス島というのがありました。いしいひさいちがお白州シリーズでランゲルハンス島に島流し、というギャグをかましているのをみて、いしいさん疲れてるなあと思ったことを思い出し・・・ しかしランゲルハンスってドイツ人だろうな。どんな人だろう、と思ってウィキ見てみたらもうこれは涙無しには読めない生涯。こんな優秀で素晴らしい人がわずか40才で死なねばならなかったとは。神さんは、ほんとにいるなら、ときに実にむごいことをなさる。それにしても彼もお墓は英国共同墓地なんだな・・・ わたしのほうはインフルエンザではなくてひと安心。薬を出してもらいに行きましたが、薬剤師さんの待合室にはこんな本がおいてあって、この本も当然ながら白川静をおおいに参考にしてましたが、たぶん中国の人はこのひとを白・川静という中国人だと思ってるだろうな、Marxが馬克斯になるくらいだから、とか思ったりして。病気になって少しでも死というものを意識しやすくなったひとにとって「漢字」みたいに遠い遠い過去 depuis la nuit des tempsからあって、おそらくわたしたち全員が死んでのちも何百年と生き続けるであろう人間の営みを眺めることは慰めになるんだな、と思いました。
「世界音楽はフランス経由」? スタートです

そろそろお知らせしてもいいんではないかと思いますので、書きます。
白水社から出ている月刊『ふらんす』(↑写真は2月号です)に、この4月からワールドミュージックについての記事を連載させていただきます。
この前に『ふらんす』に連載させていただいたのは・・・ あれ、2002年ですね。もう十年前です。
あのときは恐れ多くも大御所・北中正和さんと隔月担当という形でした。タイトルは「フランスはワールドだ!」でした。
今回もそのタイトルで行こうと思ったのですが、世の中には「ワールド」ってワールドミュージック、世界の今の音楽を意味するというのを知らない人もいるだろう、ということで、少しタイトル考えてます。
今の案は、上のとおり「世界音楽はフランス経由」ってものです。
インパクトには欠けますが、まあ多くの方々に意味は分かっていただけると思います。
さて第一回はなにでいこうかな・・・
『ふらんす』四月号は3月20日ころ店頭に並ぶと思います。
乞ご期待。
文学とは何か002

(このエントリーから続きます)
去年の11月27日のことになります。「まちなかライブラリー」、2010年に続いてあつかましくも連続登場させていただきました。
一昨年はスタンダールだったですが、去年はモーパッサンにしました。『首飾り』と『シモンのパパ』中心ですが、文庫本↑には他にもいろいろ入ってますから、読書会の方々はいろいろ読むことができました。
わたしの話はともかく、モーパッサンは皆さんにずいぶん気にいっていただけたようで、よかったです。(読書会の方は年配の方が中心なので、金沢大学生も3人連れてきました。彼らには文庫本プレゼントです)
びっくりしたのは「先生、こんな面白いもの、どうやって見つけてくるんですか?」という質問があったことです。
年配の方でも、案外ご存知ないんですね。
だって、だって、モーパッサンですよー。彼は短編が主力だから長さも手ごろだし、お話の面白さではたしかに群を抜いてます。
たぶん、ストーリーテリングのテクニックはフランスのあの時代で頂点に達しているのでしょうね。
でもねー・・・フランス文学研究家はもっとむずかしい作家を専門にしたがるんですね。モーパッサンの専門家は、あんまり多くない。
モーパッサンは青年の文学、というのでもありませんしね。
ということで、一般の方々は「モーパッサンは、面白い」という単純な事実に気づかずにいてしまうんです。
こんなふうに。
文学は、けっして終わってるわけではないんですが。
なんかちょっと、ずれてしまう。
いったん文学好きの世界に入ってしまえば、そのうちそれでは物足りなくなったり、もっといきがってみたくなったりして難しいもの読みだす人が出てくるんだろうと思いますけど、そこまでいかない。
こういうの、普遍的傾向かもしれない・・・
豊田泰光さん

前の木曜(2月2日)の日経新聞スポーツ欄に豊田泰光さんが「自ら学び、育ってこそプロ」というのを書いておられました。
「新人をこき使いながら、ぬくぬくとやっている先輩たちを憎く思った。今ではパワーハラスメントに該当して、みんなクビが飛ぶだろう。だが、あれで人生を勝ち抜くための力が備わったのも確か。」
「昔の突き放したやり方は随分乱暴だけれど、個人の才覚を自然と引き出していた。同時に、人間のトータルの器を測るテストになっていた。理不尽な関門とはいえ、そこをくぐり抜けた者は確かにレギュラーを取っていた」
そうなんですよね。まったくね。
なんでそこに感慨を覚えるかというと、いま卒業を前にした学生さんたちのことをちょっと思ったからですが・・・
ちなみに、豊田さんという方はわたしが野球評論家で唯一評価する方です。読売巨人軍出身以外の方がトップレベルで活躍するのが事実上かなり制限されるというこの業界で、この特権的チームと関わった経験なくして味わいある評論を書き続けておられます。
弱小球団ばかりでなく、西鉄ライオンズという短いながら頂点を極めた球団の主力選手でもいらっしゃるわけで、勝つとはどういうことか、負けるとはどういうことかを、よくご存知だと思います(偉そうなことを申しました)。
ありゃ、セネガルが
ワールドミュージックの大スター、ユッスー・ンドゥルが立候補して、こりゃ面白いと思っていたセネガル大統領選。
なんと彼の立候補が棄却されるという事態で、物情騒然。たとえばLe Monde のこの記事などをご覧ください。
立候補には一万人の推薦が必要なのが、数が達していないとかいうことなんですが、ユッスーに一万人が集められないとは考えられないので、これは何かあるんでしょうね。
セネガルは平和的政権交代で現ワッド大統領が政権の座についたのですが、彼ももう85歳ですからね。7年の任期を全うしたら90歳を超えるというのでは、さすがに後進に道を譲るときでしょう。せっかくセネガルには安定した民主主義が根付くかというところなのに。
ところで彼の息子のカリムはどうしてるんでしょう?
こういうところは詳しくフォローできてません。いろんな仕事で時間をとられて、セネガル情勢まで手が回らないです・・・
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