想風亭日記new

星空がきれいな人里離れた森、風の谷で古代に憧れ旧事(フルゴト)をめくる日々、黒ラブは永遠のアイドル、今は犬神様になったよ

みなみのかぜ 山本徹夫展 in KUMAMOTO OMAKE

2017-07-15 06:00:00 | Weblog
写真は山本徹夫さんの作品、5月に
展示されたものです。
熊本県玉名郡和水町江田にある
江田船山古墳公園。

実はこの写真でしかみていません。
実際にこの場所で視たかったなあ、
ここに居たかったなあと思います。
で、この感じをお裾分けしようと
アップしました!

大きな木が立っている場所は
こんもりと盛り上がっている
古墳跡でしょうか。
その前に置かれたオブジェは
お供してあるように見えます。

儒教に礼楽という言葉が
あります。
人の道の基本であると聖徳太子の
儒士憲法第三条に書かれています。
道と名のつくことのすべてに共通して
欠かせないことなのですね。

礼と楽、今の時代の感覚ではこの二文字
をつなげると理解しづらいようで時おり
質問をされることがあります。

礼は尊び敬う心を行いに表わすことを
言います。
そして後の楽は、ガクでありラクですが
喜び、祝うという意味を含みます。
心地よい神の調べに、人の利己的な我を
捨てて神と一つになり和む様です。
神を天と言い換えてもいいですし。

日本古来から伝わる礼楽は神楽に表れて
いるというと、イメージが湧くでしょう
か。沖縄の久高島では今も海の神さまに
祈りをささげ、集落の人みんなで踊り
踊ることそのものが祈りになっています。


つまり、礼は堅苦しい作法のことではなく
楽とともにあることで本来の礼となります。
和やかに喜び、感謝する気持ちが一つと
なっているのが礼楽です。
すべからく道とは礼楽で仕上がるとして
儒教では重んじているのですが、
処世には礼楽が欠かせないということ
なんですね。


また茶道でも礼楽を重んじます、
でも、作法の手順や道具にとらわれて
何かと窮屈になりがちで、そうなると
礼はからっぽになってしまって…
道ではなく茶の湯の遊びに堕してしまい
ます。礼法と礼楽、これを分けないで
考えることが大事であるということ
ではないかと思います。


難しく考えるのではなく天の調べを
思い、周りの人と和んでいると
落ち着けるかもしれません。

山本さんのおおらかな作品は、先に
紹介したとおり、いらなくなった物や
捨てられたモノに息を吹き込み、
蘇らせるというコンセプトがあります。

古墳の前に供えた(置いた)オブジェ
に使われているモノたちは鉄製の工業
製品と壺のように見えますが、よく
わかりませんが廃材でしょう。
でも不思議とマッチして見えませんか。
これを見ながら、わたしは礼楽の二文字
を思い浮かべたのでした。

緑の葉を大きく茂らせた木と端の子ども
の姿。楽しそうです。

この空間が2017.5という時間を超えて
5世紀にワープしたような雰囲気が
伝わってきてずっと眺めていられます。

この写真はそんなに大きなサイズでは
ないのですが、スチールにして壁に
飾り、そこから古代へ出入りして
遊ぼうかと思ったりします。

遊びをせんとやうまれけむ(梁塵秘抄)
の意味がなんとなくわかるような気が
します、なんとなくですけどね。

みなみのかぜ展は今月28日まで開催です。
「サビテツに光を」のオブジェも楽しん
でください。
わたしは遠くから想像して楽しんで
いますよ。

追記:
九州北部地方の豪雨災害に遭われた方々、
熊本阿蘇地方の皆様、田植え後の大雨は
大変なご苦労になっているかと思います。
心からお見舞い申し上げます。










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