想風亭日記new

人里離れた森のなか、風の谷に暮らす日々と旧事フルゴトについて綴ります。クンクン親分こと黒ラブは一応、門番。

「共喰い」の味わい

2012-02-09 16:15:14 | 
新芥川賞作品「共喰い」は一言でいうと充実した読後感を与えて
くれた小説で、ひさかたぶりにほっとする感じでもあった。
小説の筋は血しぶきほとばしる凄まじいものであるのに、終始、
人の温もりがある、人間のものがたりであった。

温もりはあたたかな血であり、血脈であり、人間存在の根本を
ぎゅっと閉じ込めた物語は、受賞会見で物議をかもした作家の
言葉通り「もらっといてやる」にふさわしい作品であると思った。
これに△つけたと偉そうに記者に答えていた老作家は喰うに
足りて鈍ってしまったのだろうなあと、余計なことも思い出した。

本を読んでいる数日、せわしい仕事で日中はおだやかならざる
状態であったので夜、風呂場に新刊本をぬらさぬようにタオル
にくるんで持ち込んで読んだのであった。
温かな湯でからだがほぐれるのより早く、物語世界の情感が、
じんわりとしみるように伝わって、昼間の雑音と気持ち悪さを
消していってくれた。
読み終わっても身体の芯があたたかく、もう数日たつが、
まだ冷めない。好きか嫌いかで問われるとどちらでもないと
答えてしまいそうな小説である。

好き嫌いを超えて、普遍の物語だからぬくもりがあるのか、
そんなことを思ったりした。
純文学というジャンルは売れないと言われるが事故のような
記者会見が評判になって予想以上の予約注文で増刷だった
らしい。なにがきっかけでもこの本を手にとった人が同じような
温みをどこかで感じているかもしれないことを想像すると、
少し救われる気がする。
こんな不信の世の中であっても。

親があって、子がある。親にもまた子の時代があって親がある。
それが人間であるが、人間から人になるには、道を歩まねば
ならない、そういう一見あたりまえなことをほんとうは行われず、
ほとんどの人間が無軌道に道などないシャバで生きていく。
他人を押しのけたり裏切ったりふんづけたり、平気で嘘をつき、
うまくいったと喜んだり、損をしたと八つ当たりしたりしながら、
歳だけとって醜くなっていく。親から子へそれが連鎖する。

しかしそういう醜さにまだ馴れていない心が身体の芯に隠れて
いるのではないか、間に合うのではないか、誰にもそれはある
のではなかろうかと思いながら、時としてうちひしがれるけれど
やはり思いつづけていたい、そう思っている。








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