ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

防衛団体総会と靖国神社参拝

2017-01-29 | 日本のこと

いくつも防衛団体に名前を連ねているわたしに、今年もまた
新年の賀詞交換会出席の機会が来ましたので、参加して来ました。

いきなり関係ない写真ですが、皆さん、お堀前のパレスホテル、行ったことあります?
年明けてすぐ、近くで用事があったのでここのカフェに行って見ました。


なんと、お堀端にウォーターフロントの(笑)カフェがありまして、
こんな風景を見ながら外でお茶ができるようになっておりました。

その昔「宮様も外人様もお越しになるホテル」がキャッチフレーズだった
パレスホテル、改装してかつてのオーセンティックな雰囲気はそのままに、
洗練されたインテリアと地の利を生かしてすっかりオッシャレーになっております。 

蒸し野菜も、ストウブの鍋で直出しすることでボリュームたっぷりに(見えます)。

そういえば今年は酉年でしたね。

お堀端の松の木からしょっちゅうスズメがやってくるカフェ。
可愛いけど落し物をしていくので、カフェのテーブルには

「僕たちに餌をやらないでください」

と鳥が言っている絵が置いてありました。
でもパンくずとか落とすと来ちゃうんだよ・・。

わたしは別にわざとやってませんよ?

さて、というわけで本題、市ヶ谷の某ホテルで行われた賀詞交換会、
例によって政治家の先生方が壇上に上がって1分以内の挨拶中。

こういう会合には、とりあえず国会議員は手当たり次第に呼ぶらしく、
出席名簿を見る限り28名が招待されていましたが、本人の出席はいつも
だいたいこんなものです。

佐藤正久議員は皆勤なのですが、この日は姿は見ませんでした、
 

今年は民進党の最後の良心(笑)とも世間では言われているかもしれない、
長島昭久先生が出席です。
この団体の総会には必ず民進党からあのクイズ王小西が招待されるのですが、
なぜかご本人がご来臨されたことはありません。

衆参議員28名のうち民進党の招待者は5名。
(青柳陽一郎、大野元裕、中西哲、長島、小西)

ほとんどが自民で、安全保障法案成立前は、こういった会合でもその経過が
議員の口から語られ、

「必ず成立を!」

などと皆に約束するような場所ですから、招待されたからといって、
白い目で見られかねないこの場におめおめと出てくることは、
長島議員のように改憲についてもその点意見をしっかりと持ち、
(会報誌で長島議員の改憲についての論文を読んだことがある)
自分は保守であると冗談抜きで(笑)言えるような信念がない限り 
メンタル的にも無理ではないかという気がします。

 

まあ、もっとも、去年、小川とかいう民進党のブーメラン議員が

「民主党(当時)だからといって国を思う気持ちに変わりはありません」

と自虐ギャグをかまして笑われていましたし、田中真紀夫も
落選前の最後の姿を見せてくれていましたから、
(わたしはこの人、いい人なんだろうなーと思いました。
政治家には向いていないけど) 
あまりこだわらずに出てくる議員もいないわけではないようですが。 

 

この日は欠席でしたが、ヒゲの隊長佐藤議員や、宇土議員と並んで、
クイズ王が談笑しているところなどを一度見てみたいものです。

自民の山田宏議員。

後ろ、宇都隆史議員。
珍しく奥様とお二人での出席でした。

貼りついたような笑顔がトレードマーク、公明党の防衛大臣政務官、
石川博崇先生。(つい先生付け)
 

寺田稔先生。
両手で相手の握手に答えに行くのは政治家の基本スタイル。 

今回初めてご挨拶させていただいた岡部俊彦陸幕長
今wikiで見たら、ヘアスタイルが今と違っていました。

空挺レンジャー出身で初級幹部の時に日航機墜落事故の災害派遣で
現場を指揮したという経歴をお持ちです。 

「わたし、帽子をかぶると10歳若返るんです」

 註:「これは岡部陸将ではなく第一師団長の西陸将である」というご指摘を
西陸将のお知り合いの方からいただきました。
「降下初めで空挺降下なさったんですか」と聞いたらしていないとおっしゃったので、
その時点でついうっかり岡部陸幕長だと思い込んでしまっていました。
ヘアスタイルを変えたんじゃなくてそもそも別人でしたorz 
お二方には失礼ひらにお詫び申し上げる次第です。 

 

今回、新しく海幕長になられた村川豊氏にご挨拶したかったのですが、
お忙しかったようで乾杯の後すぐに退席してしまわれました。

その時に、わたしは去年の総会ですでに村川さんにご挨拶していたのみならず、
一緒に写真まで撮っていただいていたことに気がついたのでした。
村川海幕長は経理補給出身で、海幕長に後方支援の職種出身者が就任するのは
海自の創設以来初めて・・・というか、帝国海軍が始まって以来ですよね。 

この人事について、海自内部でも色々とあったらしい、ということを
わたしは風の噂に聞きましたが、まあ前例のないことであれば
保守と革新の意見が同時に湧き上がるのは当然のこと。

それより、わたしが少し気になったのは、いつもは自衛隊の将人事など
取り上げない毎日新聞などが、「後方支援出身が海幕長」という言葉を
大きく見出しに持ってきていたことです。

防衛省ではアメリカとの二国間における後方支援の協定を公開していて、
そのガイドラインは誰でも目を通すことができるのですが、
まず支援物資には武器弾薬は含まれない、とされています。

そこで共産党始め野党は自衛のために武装することも、
兵站もまた戦闘である、という解釈から後方支援そのものが違憲である、
としてこれを否定するわけです。

そこでメディアとしては、この否定派に向かって、

「自衛隊は後方支援から始める戦争の準備のために村川海将をトップにした」

とミスリードしてその意見を後押ししているように思いました。
 

 

 

会合のあとは、団体で靖国神社での昇殿参拝を行いました。
毎年昇殿参拝の時には待合室の段階から宮司が出てこられ、
お話を伺うことに決まっています。

今回の昇殿参拝はもう一つ別の団体と一緒に行われましたが、
伺ったところ金沢にある神社の権禰宜を筆頭に職員が全員、
研修のような形で参拝に来られたということでした。
さすが全員が神職というだけあって、昇殿した後の立ち居振る舞いが
一般人とはまるで違っていました。

二礼二拍手一礼は正座のままで行うのが本職のやり方のようです。

参拝が終わると渡り廊下で神殿を臨みつつお神酒をいただくのですが、
今回はその時にも宮司のお話がうかがえました。

その時に、手前にある拝殿はずっと後にできたけれど、本殿の創建は
明治5年に遡り、それからずっとここにある、と聞いて、
わたしは古い歴史のある建物を前にするといつも覚える、
それから今日までの時の流れを瞬時に見る感覚がまた訪れるのを感じました。

 

この時宮司はこのようなことをおっしゃいました。

「このようなことを言うのは贅沢というものかもしれませんが、
初詣にあまりにたくさんの方々が参拝に来られるのを見ると、
私どもとしては実に複雑な気持ちになるのです」 

靖国の御祭神は国のために命を捧げた方々である。
ここに来ればその方々たちの尊い御霊に思いを馳せ、
その安寧と彼らが命をかけて守ろうとした国体というものを
これからもそのご遺志の元に護持していくことをお誓いするのが
参拝の本領というものであり、新年の初詣で商売繁盛や
子孫繁栄など個人的なお願いをするのは少し違うのではないか、
ということは、わたしも常々考えてはおりました。

だから、我が家の新年の初詣はいつも「二段構え」で、
金王神社や金刀比羅神社と靖国を「掛け持ち」します。

 

以前ここのコメント欄で話題になった御霊祭りでのトラブルについて、
わたしはこの機会に宮司に伺って見ました。

「御霊祭りというのは東京の夏のお祭りでは最大級と言えるものなんですよ。
参加者も多いわけですが、今の若い人は携帯で連絡を取り合って
境内に駆けつけ、そして・・・・ナンパをするんです」

(宮司ははっきり”ナンパ”といった)

「それで露店を中止にされたんですか」

「それもありますが、今参道を皆が集えるような広場に作り変えているので、
その部分に仮設の塀を作ってしまっているのです」

 

なるほど・・・。
いろんな点で世界中からの注目を受けるという意味では日本一有名な神社には
こんな「悩み」があったのですね。

わたしは崇敬会で行われた識者の講話を何度か聞き、
その過程で靖国神社の成り立ちからその歴史、存在意義に至るまで
一通りは勉強してきたつもりですが、そういう基本を抑えることなく、
一般の神社と同じようなお願い事をするつもりでやってくる善男善女を
靖国神社としてはありがたいことだと思いつつ複雑な思いで受け止めていると・・・。


この「内側からの告白」の意外さにわたしは思わずたじろぎました。

祈りの場であることはもちろん、英霊に感謝を捧げる場所であることが
蔑ろにされていると神社側では捉えられているということでしょうか。


伊勢神宮の神々は決して私利私欲を叶えるための祈りを聞き届けることはない、
というのは案外知られていない事実です。
伊勢神宮の「達人」に聞いたところ、そのような祈りを捧げる者には
逆に神罰が与えられることもあるというくらい厳格なものだということです。

靖国の祭神がそのような手厳しい罰を参拝者に与えるとは思えないのですが・・。

 

しかし、実際に新年に詣でる人びとの波の中に身を置いたわたしは
いかに晴れ着に身を包んでいようと、華やかな新春の空気の中であろうと、
本殿の鏡の前に身を置き瞑目した者の英霊への畏れと崇敬、感謝の気持ちは、
決して損なわれることがないものであるとどこかで感じています。

我々が享受しているのはこの社におわす神々の思いを礎に成り立った平和と繁栄。

日々の暮らしの中でもそのことに思いを致す瞬間があるからこそ、
我々はここにやってきて御霊に手を合わせるのであって、日本人であれば
その祈りの本質を
時と場合によって曲げることは決してしない筈だと信じるからです。 

たとえその感謝のついでにちょこっと虫のいい「お願い」をするとしても(笑) 


 

 

 

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