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可搬式減圧室とダメコンの角材~日向灘・掃海隊訓練

2015-12-23 | 自衛隊

掃海隊司令による臨時艦内ツァーが続いております。

掃海隊の戦場たる後甲板にまず出て、そこにある掃海具、掃討具、
そしてそれを運ぶための様々な物々しい道具の数々を見学したわたしたちは、
機雷掃討具S-10の置いてある左舷側を艦首に向かって歩いて行きました。



そこには、掃海母艦「うらが」でみたダイバーの減圧症を治す、
減圧室の小型バージョンが設置されていました。

「うらが」の減圧室の説明の時にもお話ししましたが、この機械は
減圧症を治すためにカプセル内の圧力を高めるためのもので、
「減圧する部屋」ではなく「減圧症を治すために内部を高圧にする」ものです。

人間の体は1気圧に対応するようにできていて、例えば低気圧が近づいただけで
体の調子が悪くなったり、古傷が痛くなったりすることがあります。
これは体が「不調を訴えている」わけです。

生身の人間が潜る範囲でいうと、10mごとにだいたい1気圧かかりますから、
30mくらい潜ると、じつは相当な圧力がかかっているのですが、人間の体は
破れない水袋みたいなものなので、ある程度までは圧力に耐えます。
ただ、耳の中の空間は圧力の影響を受けるので、耳抜きをしないとえらいことになります。

潜って行く時にはいいのですが、浮上してくる時が問題です。
急激に気圧が変わると、これは前にも説明しましたが、潜水病(ケーソン病)といって、
呼吸によって血液内に取り込まれた気泡が消えなくなってしまうのです。


余談ですが、わたしは一度か二度、あの伊33号の悲劇について書いたことがあります。
事故で海底に沈んだ伊33潜の生存者は二人いました。
何年も艦内の一部に乗員の屍体が腐敗の進行しない状態で残されていて、
戦後その艦体が引き揚げられたときに、駆けつけて作業を見ていた生存者が、
若い面影のままのかつての戦友の死骸と対面し、
「おい起きろ、総員起こしだ」といった、というあの事件です。

助かった二人のいたのは、艦長もいた中央艦橋の部分でした。
どうせこのまま時間が過ぎ去ったら全員死ぬのは間違いない、それなら
一か八か脱出できるかどうか賭けてみようではないか、ということになり、
ハッチが開けられ、その区画の乗員たちが海中に脱出したのです。

艦内の椅子に座ったまま皆を見送ることを決めた艦長をのぞき、
そのコンパートメントのほぼ全員が海底33m(!)から海中に出ました。

この深さは、ダイバーがアクアラングをつけて潜水できるほぼ限界です。

そして結局この二人を除いて全員が助からなかったわけですが、
狭いハッチから出るまでに呼吸が続かなくて亡くなった者、
外に出たが海面に達するまでに息ができなくなった者、そして
なんといっても、急激な気圧の変化にやられて助からなかった者が
かなりいたのではないかと、わたしはこの話を読んだ最初に思いました。

この二人はよほどずば抜けた肺活量をもっていたうえ、与圧された艦内から
水圧の高い海底に出ても支障がなかったというくらい、
強靭な身体能力と何より強運の持ち主だったということなのでしょう。




ところで、わたしはこの前日、掃海母艦に据え付けてある減圧室を見ています。

掃海母艦は必ず訓練などのときに掃海艇と行動を共にしているのですから、
ダイバーになにか異変が起きたときには、即座に母艦に運び込むのだと思っていました。

ところが、ここに小型の減圧室が供えてあったので結構驚きました。
「えのしま」型のスペックには、減圧室の記述がありませんし、
ウィキペディアにも載っていませんから、結構この減圧室の検索は難航しましたが、
やっとのことで見つかった自衛隊中央病院の医師による論文、

「高圧則改正において検討すべき課題について 論点整理のための資料」

の文中に、この装置の記述をみつけました。

従来、減圧症発生時の対応は、まるで未来の棺桶のような(!)

一人用の再圧装置で応急的に症状の軽減を図っていました。

ただ、同論文によると、この一人用可搬式装置は、中に人を入れてしまったら

その後経過を見ることができず、回復に要する時間にも対応が不十分で、
さらには患者のバイタルが不安定だと使用できないという問題があったそうです。


そこで、介助者が一緒に入ることのできる第2種装置を備えた掃海母艦や、
横須賀の自衛隊病院にヘリで搬送する、というのが従来の対応となっていました。

しかし、重症患者の場合は、現場での救急再圧をしないと手遅れになります。

これも同資料によると、民間の潜水業者へのアンケートでは、全体の32%が
減圧症、または類似の症状になったことがあると答えました。
しかしそのうちの16.7%が「黙って我慢した」(おいおい)と答えており、
救急再圧が全くできていないというのが現状である、というのです。

そこで、介護の人間と二人が入れる大きさと、搬送できる小型化を
いわばハイブリッド開発してできたのが、この可搬式二人用減圧室です。



この長い筒の部分、ここに人が一人、寝た状態で収容できます。



ここで加圧されて縮んだアンパンマンを見ているときには、この手前の
丸い部分に入るのも患者なのだろうと勘違いしていたのですが、
じつはここに座るのは介護者であることが論文によって判明しました。




その論文からの引用です。
寝ている人をベッドごと引き出して、心臓マッサージもできると。
しかし、閉所恐怖症だとどちらもこの装置に入れませんね。




この論文は平成24年度に書かれていますが、
タンクそのものの制作年度は
2011年と、少しそれより早いです。
バロテックハニュウダという会社は、医療関係の設備などを手掛けており、
高気圧酸素治療装置もその一つです。
減圧症のみならず、突発性難聴、脳塞栓、腸閉塞、減圧症などの血行障害や
圧力障害などに起因する様々な病気の酸素治療を行うことができるとか。




一般の見学者が乗るので、このようにダイバーの装備を展示していました。
これらは、ごく一般的な日本製の市販品を使用しているそうです。


ヘロキャスティングの状況を遠くから見た時に、フィンが二股でしたが、
これを見ると魚の尾のような形状をしているのがわかります。

こういう潜水服のことを正式には開式自給気潜水器というそうです。
このタイプは手軽ですが、排出した呼気が大量の泡を生じさせるので、
静粛性が要求される作業には向いていないという面があるそうです。

この開式に対して、自衛隊でしか使われない特殊な「半開式スクーバ」というのもあります。
呼気から二酸化炭素を吸収しつつ、酸素と窒素の混合ガスを加えるというもので、
空気ボンベよりも長時間使用でき、アルミ製のタンクなので感応機雷にも対応できます。



「それでは前甲板に移動します」

歩いていく掃海隊司令の後ろ姿。
ところで、あれ?



この板切れみたいなのは何かしら。

「船に穴が空いたときに突っ込んで海水が入るのを止めるんです」

「本当ですか!?」

思わず失礼にも本当ですかなどと口に出てしまいました。
ちなみに、このあとすぐに「ジパング」の戦闘シーンを観たとき、
ちょうどこんなのをつっかえ棒のようにしているのに気付き、

「あ、あれだ!」

と心で叫びました。
てことは掃海艇のみならずイージス艦にもこういうのが置いてあったはずなのに、
まったく記憶がないのはどういうわけ?


とにかく、この角材は、ダメージコントロール、「ダメコン」のための一具です。
ダメコンとは、「ダメなコンテンツ」のことではなく(←)

物理的な攻撃・衝撃を受けた際に、そのダメージや被害を必要最小限に留める事後処置
(wiki)

のことですが、艦船においてはそれは一言で「沈ませないこと」に尽きるかと思われます。
軍艦には火災・衝突・座礁あるいは爆発等に備えてあらゆるダメコンのための
機構が備わっており、この角材はなんと原始的な、と思われるでしょうが、

防水作業のために必要なダメコンツールなのです。

船の底が破口し水が侵入してきた場合、毛布・マットや箱パッチを当てて、
その上から当て板を当て、その近くにロンジビームなどを利用して支柱を立てます。
そして、当て板との間に梁支柱を突っ張ることで、水圧に対抗するのです。

そこで活躍するのがこの艦内に備えられた木製の角材で、
その場で必要な長さに切り出して用いられるということです。

ということは、艦内にはこれを切り出すための鋸も積んでるってことなんですね。

こりゃ驚きだ。




同じレベルで見るバルカン砲。

「この機銃で機雷を掃討します」






この丸い輪のところに立つわけかな?

しかし、最近の機雷は機銃などでは処分できなくなっていると聞きますね。
あくまでもあらゆる可能性を考慮して訓練を行うために稼働しているのでしょうか。


続く。

 



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7 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
角材 (雷蔵)
2015-12-23 06:33:33
ダメージコントロール(艦内防御)で使う角材ですが、喫水線より上の破口だと比較的ゆっくり対処する余裕がありますが、喫水線下だとドンドン水が入って来るので、即対処します。

艦内からしかパッチ当て出来ないので、護衛艦では上甲板ではなく、艦内に角材を置いていることが多いと思います。

実際に角材を使う時には艦内に運ばねばならないので、使い勝手が悪そうな気がしますが、掃海艇は狭いから、上甲板で適宜の長さに切ってから、現場に持って行くのかもしれません。
ダメコン (佳太郎)
2015-12-23 10:41:38
ダメコン能力が高いのは海自と米海軍のようですね。これは二次大戦の教訓のおかげのようです。
昔何かの番組でアメリカ海軍のダメコンの訓練を見たことがあります。艦内のような設備があり、訓練が始まるとパイプから水があふれ始め、それを部材を使って止めると言う物でした。
そして中国海軍ですがどうもダメコンはお粗末のようです。木製の家具を置いたり、火災対策が消火器を置いただけ、テーブルを固定していないとか。もっともこれは油断させるための手口かもしれませんが…
耳抜き (昭南島太郎)
2015-12-23 11:48:58
21年前豪国で日本語教師をしていた学校は7~12年男子生徒300名ほどの寄宿学校だったのですが、9~11年生にはカデット(軍事教練)があり、その中の課程に潜水がありました。学校のプールで生徒が潜水訓練しているのをよく見ておりました。
唯一の日本人生徒だった子が私の自室に来て『耳抜きできなくて、テスト不合格だった』と残念そうに言っていたのを思い出しました。

加圧されたアンパンマン。。。以前はカップヌードルでしたね(笑)。

それにしてもダメコンって『ダメなコントラクター』かなと一瞬思いましたが、そういう事なのですね。You Tubeで海自幹部候補生が防水訓練をしているのを見たことがありますが、艦の目的に応じてあらゆる技術に熟練し、運用していくために日々訓練されているのだなあ、と感じました。

自衛官、素晴らしい!
防水訓練 (アーサー)
2015-12-23 16:45:12
 以前、MAMORでも紹介されていた記憶があります。第一術科学校か第二術科学校のどちらかでしたが、実際に大量の水に浸かるとても厳しい訓練だったように記憶しています。

 防水用の角材は、多くの護衛艦が外舷なら左舷に置くようになっているようで、一般公開の際に見た覚えがあります。艦内にもあったと思いますが、覚えていません。斧は見ました。

 斧は何に使用するのでしょう?総員退艦時の機器破壊ですかね?
角材。 (筆無精三等兵)
2015-12-23 18:38:25
以前、報道特集という番組で江田島を取材していましたが、そこで出ていましたね、角材。随分原始的な方法だと思いましたが、即応性や機材の簡易性を考えれば、一番完成された方法なのでしょうか。
本職の消防局もかくや、という再現室での消火、漏水阻止の訓練は、一般公開で見せる爽やか実直なイメージとはかけ離れた、荒々しい海の男(女性もいましたが)の一面が現れていたように思いました。

余談ですが、「艦に角材」というと矢矧が思い浮かびます。
皆さん、よくご存知! (雷蔵)
2015-12-24 04:46:03
ビックリしました。

防水訓練は、よく冬に企画します。暑い夏だと段々、増す水が気持ちいいですが、寒い冬だとつらいので、一刻でも早く塞ごうという気になります。

斧は、ご想像通りの用途に使います。重要な機器には整備と破壊担当の名前が書いてあります。
ダメコン訓練 (エリス中尉)
2015-12-24 23:10:17
わたしの持っている雑誌「MORIBITO」にも載ってました。
破口から浸水したという設定でそれを塞ぐのですが、なぜ木材を使うかというと、
その場で加工が簡単にできるからなんだそうですね。
ただ、電動ノコが使える環境ではないので、サシガネを使って直角を出し、
数分以内に正確に手早く切断を行う訓練も行われます。
現在自衛艦に搭載してある防水作業用の道具は、自在尺、楔、ハンマー、かすがい。
これらを使い壁と破口との距離を測り、
木材をそれに合わせて切って
箱バッチをあてて楔を打ち、かすがいで固定するのですが、その道具もやり方も、
帝国海軍時代の知恵がそのまま継承されているということです。
アメリカ海軍でもほとんど同じような道具とやり方で防水を行います。

おもしろかったのは、これらの訓練を行う施設では、時々学生が安心しているときに
ハッチやパイプからいきなり水が噴き出してくるというトラップが仕込んである、
というはなしでした。
訓練と思っていないときに行われるので実に実戦的なのだとか。

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