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その後の「愚直タレ」〜呉地方総監部訪問記

2016-12-27 | 自衛隊

前回、呉新総監のモットー「愚直たれ」を具現化した、その名も
「愚直タレ」について書いたところ、なかなかの反響がありました。

というわけでわたくし、そんな皆様のためにも、再び呉総監に会うからには、
愚直タレの誕生秘話とか、その後の顛末などを聞きたい、いや、
聞かねばならぬと意気込んで呉地方総監部庁舎に足を踏み入れたのでございます。


ところが、こちらが意気込むまでもなく、庁舎の玄関に一歩入った途端、
そこには💥(どーん!)と、
このような大々的な
「愚直たれポスター」が飾られていました。

呉地方総監を訪ねる全ての生きとし生けるものが、
これを見ながらなお
「愚直たれ」について総監に何もツッコまない
質問しないというのは、むしろ
失礼にあたるのではないか?
と思われるくらい、それは存在感を放っていたのです。


ということで、聞きましたよー。愚直タレ誕生の経緯。

「愚直たれ」

海将がこの座右の銘を提げて呉に着任したのは7月1日のことです。
その言葉はそのまま総監の呉地方隊における指導方針ともなったわけですが、
それを周知徹底させるためのイベントとして
「愚直たれ」という名のタレを実際に製作し、
ポスターとともにコンテストを行うことになりました。

海将の名誉のために?言っておきますが、これはご本人が言い出したのではなく
あくまでも自然発生的に、地方総監部のどこからか生まれてきた話だそうです。

コンテストは「タレ部門」「ラベル部門」で「愚直大賞」を競うというもので、
呉警備区所属の隊員に応募を募ったところ、たれ部門には28作品、
ポスター部門には18作品もの応募があったということです。

冒頭写真はポスター部門の「愚直大賞」作品ですが、

燃えるような愚直さを

炎で直接的に表現した

センスとインパクトが

評価されたということです。
あまりにも直接的すぎて、総監が炎でメラメラと燃え盛っとります。

特にタレ部門は、愚直コンテスト執行部の予想を超えた応募数であったため、
外部からも広く審査してくれる人を集め(全部食べるわけにいかないので)
手分けして味見をし、大賞を決定しました。

さて、その後、ローカルテレビがこのネタを扱ったところ、
TBSがこれを全国にほのぼのニュースとして(たぶん)放映したため、
「横須賀の知るところとなった」そうです。
(具体的にどこのどなたあたりのことだったのかまでは追求しませんでした)

その後海将にもあれは何なんだ、とお問い合わせがあったそうですが、
さすがは海軍伝統のユーモアを継承すると自負する海上自衛隊だけあって、
それ以上のことは何もなく、むしろ良き哉で済ませられたようで
実に喜ばしい限りです。


自衛艦内や基地内を歩くと、司令官の指導方針というのが標語として
隊員食堂などに貼り出されているのを見ます。

「精強」「強さ」「即応」などというお決まりの文言に、「米軍と仲良く」
などというのもあって、学校時代を思い出さずにいられないのですが、
自衛隊の偉い人も毎年こういう標語を考え出すのは大変だろうなと思います。

が、「愚直たれ」。
これはインパクトありますよ。

一貫して池海将はこの言葉を使い続け、今や「愚直たれ」が海将か、
海将が「愚直たれ」かというくらいのトレードマークとなった上、
この度のコンテストで、もはや新総監の指導方針を知らぬ隊員は
呉警備区にはないというくらいの周知度となったわけです。



さて、表敬訪問における会談はあっという間に終わり、
応接室を出たところで総監とは挨拶してお別れしました。

この後TOは呉駅、わたしは知人と待ち合わせしている
入船山の国立病院(元海軍病院)スターバックスまで
車で送り届けていただくだけになったのですが、広報の三佐が
最後に、元御真影室だった応接室を見せてくださったのです。

かつてこのドアから入室を許されていたのは天皇陛下だけでした。
(おそらく皇族の方々も可だったと思いますが、聞きそびれました)
たとえ鎮守府長官であっても、ここをくぐることは許されなかったのです。

それでは平民はこの部屋にどうやって入ったかというと、
かつてはこのドアを中心に、両脇に平民用ドアがあったのだそうです。

天皇陛下専用と平民用を分けるだけなら、ドアももう一つ作るだけでいいのに、
とも思いますが、おそらく陛下専用ドアは

「平民用の右であっても左であってもいけない」

ということでこうなったのでしょう。 


現在では両脇のドアがなくなったのはもちろん、内装は全て新しくなり、
当時からのものは何も残されていません。

(ドア左側のじゅうたんに大きな黒いシミが・・・・)

そして、ドアの左には旧海軍時代の鎮守府長官、右には自衛隊の
呉地方総監の名前が金のプレートに刻まれて掲げられています。

呉鎮守府は全部で32名の長官を戴いたことになります。
中牟田倉之助、伊地知季珍、鈴木貫太郎、野村吉三郎・・・。

旧軍の司令官の名前と、自衛隊のそれをまるで同じものであるかのように
こうやって並べるなど、明らかに海自でしか行われないやり方でしょう。


ここで、三佐がちょっとしたトリビアを教えてくれました。

第14代長官の鈴木貫太郎が離任した日は大正13年1月27日です。
そして、第15代竹下勇の着任日を見てください。(黒くて見えないけど)

同日の1月27日となっています。

当時は呉鎮守府長官はその職を天皇陛下によって信任されたため、
新旧の長官が離任と着任を同日に行わなければならなかったのです。

つまり、まず旧長官が離任し、その後新長官が着任する。
これを天皇陛下ご来臨の元で相次いで行うことになっていました。

長官が同時に二人いるという瞬間は実際にはないのですが、
日付の上では一日重なっているように見えるというわけです。

現代の人事ではこのようなことは決して行われません。

これでいうと、第42代総監の池田海将は、平成28年6月30日が終わるまで
その任にあり、第43代の池海将は、7月1日午前0時になった瞬間に
総監に着任した、ということになります。

トリビアというのは「くだらないこと、瑣末なこと、雑学的な知識」
という意味がありますが、このトリビアは、海軍と海自の事なら
どんな瑣末なことも知りたいわたしに取ってはお宝情報でした。 

ドアの上には東郷元帥の揮毫した額が掲げられていました。
天皇陛下専用のドアの上に死後自分の額が飾られることになると知ったら、
おそらく東郷元帥は真っ青になって恐懼したことでしょう。

「柔 能 制 剛」

柔よく剛を制す、これって柔道家の嘉納治五郎先生の言葉だったのでは。

日露戦争で、誰も勝つと思っていなかった小国の日本が、
「剛」の国ロシアを制すことができたのも、「柔」の精神
のおかげ、というところでこの揮毫となったのかもしれません。

応接室内部。
実に重厚感のある内装、調度です。
真紅の絨毯は鎮守府時代からの伝統でしょうか。
 

 

タンスの上に置かれた片目のダルマが、鮮やかな唯一の色彩を放っています。
ダルマには「呉地方隊」と書かれており、何か目標を達成した暁には
両目が入れられるのだろうと思いますが、その目標がなんなのかは、
タンスの中身に気を取られていて聞きそびれました。

応接室を出た廊下にあった油絵。

この菊の御紋をつけた戦艦は・・・・!

解説によると、この絵は第20代呉地方総監であった内富男海将が、
呉海軍工廠で建造された戦艦「大和」を主体とした作品を
依頼して描かれたもので、
昭和19年10月24日、ミンドロの南を
シブヤンに向かって進む
聯合艦隊がレーダーで敵機を捕捉し、
総員戦闘配置が完了した各艦が
まさに発砲せんとする瞬間だそうです。

写真を失敗して解説が写らなかったのですが、これもおそらく
同じ画家による作品であろうと思われます。

左は護衛艦「ゆきかぜ」、そして後ろに続くのは「はるかぜ」。

「はるかぜ」型護衛艦の2番艦と1番艦で、この光景はおそらく
依頼した内海将が観艦式で実際に目の当たりにしたことでしょう。

調べてみると、内海将の呉地方総監任期中の1985年、この二隻の
戦後初の国産であった護衛艦姉妹はほぼ同時に退役しています。

今となってはその経緯を知る由もありませんが、内海将が引退に当たって
彼女らの在りし日の勇姿を絵に残してもらったのではないでしょうか。


さて、いよいよ呉地方総監部庁舎を去る時がやってきました。
わたしは「愚直たれ」ポスターの前に今一度立ち、写真に収め、
これで皆さんにご報告ができると心から満足してここを後にしたのです。

というわけで、噂の「愚直たれ」については、わたしが色々申さずとも、
このポスターにある文言を読んでいただければ、
その全貌がお分かりいただけるかと思います。

下手したら、新総監を戴いた呉地方総監部の「今」も解るかもしれません。


脳天を突き抜ける旨さと辛さ!

激辛

(総)愚直たれ

この辛さを「あ」などるな!


名称:愚直たれ(激辛)

原材料名:精強・即応・愚直(純度100%)

内容量:90(くれ)ml

賞味期限:総監在任期間中

保存方法:暑くても寒くても常温

製造者:呉地方総監 海将 池太郎

製造国:安芸国


(使用上の注意)

・何にかけてもあいますが、辛いものが苦手な方は
ご使用をご遠慮ください

・迷ったら、まずかけてみましょう

・お子様の手の届かないところで保管してください

・急に熱くなることがござますが、品質異常ではありません

・異常を感じた場合は、速やかに呉地方総監部まで返送ください


お客様とのお約束

・旨さの追求を「あ」きらめない

・お客様の味覚を「あ」などらない

・お客様を「あ」ざむかない


「あ」は諦める、侮る、欺くというネガティブワードの
「あ」たまであるというのが何やらツッコミどころですが、
それはともかく、この愚直たれ、呉地元の業者が大乗り気で
実際にすでに製品化していると総監がおっしゃっていたので、
もしどこかでこのタレを見つけた方は、ぜひ購入して、
なんでしたらご報告していただけると助かります。


というわけで、しばらく語ってきた呉地方総監部訪問シリーズ、
これを持ちまして終了です。

訪問に際してお世話になりました呉地方総監部広報の方々、
そうりゅう型潜水艦乗員の皆さん、そして呉地方総監、
全ての皆様方に熱く、じゃなくて厚く御礼を申し上げます。

どうもありがとうございました。 

 




 

 

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2 Comments

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海上自衛隊の本業ってば?(笑) (鉄火お嬢)
2016-12-30 21:21:53
あきまへん、この記事を満員電車の中で読み始めたから、堪らない。笑いを噛み殺すのに痙攣起こして涙を流す羽目になり、善良なお隣さんに「だ、大丈夫ですか、お加減悪いのですか」「あ、う、ち、違います、だ、大丈夫です…」
呉地方総監部、新総監の指導方針を有り難く承るだけでは飽きたらず、この総監部でよってたかって、まさに精強即応愚直にネタとして遊び倒す、総監をすらいじりまくりいじり倒す。「迷ったらかけてみましょう」「熱くなることがありますが品質異常ではありません」あ、あかん。腹筋がやられた。
日本国海上自衛隊は大変だなー、防衛のついでに地域起こしの食品開発までやるんだもんなー。ホームページだかのトピックスに、表彰式の総監部の様子まであったけど、エリス中尉が撮られたパネルを、受賞者の背後に高々としかめつらしい顔で掲げた隊員の姿にまたヒキツケ。こんな大イベント展開する余裕があるなら、中止になったままの地方隊の展示訓練もリバイバルして下さると嬉しい…(笑)
愚直たれポスターの表すもの (エリス中尉)
2016-12-31 21:17:43
あの重々しい、歴史のある庁舎の入り口を入った途端、あのポスターがお出迎え。
これが意味するところは、TO曰く「権威にも具申が許される海自の体質」だそうです。

船で戦う軍隊である海軍は、下のものであっても気づいたものが声を上げなければ
最悪それが原因で船は沈み全員が戦死するのでそういう慣習が生まれたのですが、
現代の海自もまた、「話が通りそうな」風通しの良さを身上にしていて、
この愚直たれコンテストとポスターはその表れの一例だという気がします。


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