dans la rue別館: radionoise

ストリートで見つけたあれこれ、ほぼ京都。

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ダイビルの思い出

2005-06-27 | Retro on the street


大阪中ノ島のダイビルがもうすぐ取り壊されるということを知りました。

昔、ホントに大昔のことなのですが、このビルにあった会社で働いていたことがあります。そこに勤めることに決めたのは、なによりこのクラシックなビルが魅力的だったからです。

会社の場所は何階だったか忘れてしまったのですが、隣はタイ国の総領事館でした。古風なガラスとペンキ塗りのドアが並ぶ広く静かな廊下を通って、この総領事館のエンブレムを目にするとどこかの国のコロニアルな建物の中にいるような気持ちになるのが楽しかったものです。



この花柄のレリーフがちょっと好きです


外壁のレンガ色のスクラッチタイルは、かつて私が通っていた中学校を思い起こさせました。1925年築のダイビル1931年築の旧制京都二中、建築的には同世代なのかもしれません。

室内で、何より気に入っていたのは窓です!1925年といえば関東大震災の翌年にあたり、日本最初の耐震建築として設計されたこのビルは、ものすごく壁が分厚く、まるで出窓のような大きな木製の窓枠から見える、阪神高速の立体交差や堂島川がステキだったのです。

その思い出の場所をちょっと覗いてきました。

1Fのいちばん西側にある売店が昔のままだったのに感激しました。毎朝ここで小さな冷蔵庫を開けてジュースを買っていた記憶がよみがえってきました。他の店は閉店してしまったところも多いようです。しかし、このビルの最後の時間を共有しようと新しい店がいくつか入っていました。

こんどゆっくりと訪ねてみたいと思います。




変わらないなあ、と涙目になりそうな一方で、あれ、こんなだったかなというのもあって、上の写真の新館のほうは、もっとアールデコっぽいモダンなデザインの印象があったのに、思っていたより地味でした。印象って変わるんですね。

かつて、阪大病院の跡地で荒涼としていたビルの西側には美しい科学館や美術館ができ、お金が無い時代、破格の社員食堂にさんざんお世話になった関電ビルも建て替えが進んでいます。ダイビルのような、改築もできないようなつくりで、ある意味贅沢な空間がここに残れないのは、残念ですが仕方がないことなのかもしれません。



館内の郵便ポストは昔に増してピカピカでした。
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 (建築辞典)
窓窓(まど)とは、 外部との接続点。 心の壁。 俗に、マイクロソフト社のオペレーティングシステム|OS、Microsoft Windows|Windows。----窓(まど)とは、部屋などの壁や屋根に設けられた、採光や換気のための開口部 (建築)|開口部。ガラス戸などの建具がはめられていること