「不可視の両刃」放射線に挑む ~或る医学者の英国留学記~

福島原発事故被災地での臨床経験がきっかけとなって放射線医科学を研究しています

ある偽善者の祈り

2016-09-18 | 雑記
渡英の直前、ノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智博士の生涯を書いた、馬場錬成著『大村智物語―ノーベル賞への歩み』を読みました。そして、世のため人のためになる研究を生涯を賭して追求してきた大村博士の座右の銘が「至誠天に通ず」であることを知りました。
正直、「敵わない」と思い、打ちのめされる気がしました。
至誠天に通ずとは、まごころをもって物事に取り組んでいれば、必ずやその信念が実を結んで、いずれ人を動かすという意味でしょう。しかし、至誠であることが如何に困難なことか。世俗の欲にまみれながら、せめて至誠でありたいと願うだけでも、とても難しいというのに……。
我が身を振り返って、自分の行動が至誠から如何に程遠いのか、改めて感じたのでした。

私は、公立相馬総合病院での臨床経験を通じて、大熊、双葉、浪江、飯舘などの様子を直接見てきました。除染作業で発生した黒いビニール袋に入れられた廃棄物を見てきました。人っ子一人いない寂しい光景を見てきました。そして、患者さんと話して、仮設住宅の人たちと話して、彼らの哀しみに触れてきました。
「ああ、生きている間に、家に帰りたかったなあ」と言いながら息を引き取った患者さんを、私は医師として看取ってきたのです。

だから、せめて私は、私だけでも、私に出来ることをしてあげたいと思った。

出来るだけ早く英国に渡って、世界一流の放射線生物学者のもとで学んで、死に物狂いで研究して、世界の研究者たちと肩を並べて議論して、放射線医科学の教科書を書き換えたいと思った。そうやって積み上げられた医科学的知見がないと、帰還作業もままなりませんし、復興も落ち着きませんから。誰かが、低線量放射線被ばく影響に関する医科学的知見を、もっと積み上げなければならなかった。
もちろん、それが私である必要はありません。でも、私がやろうと思いました。
いつか故郷に帰る彼らのために、無念のうちに亡くなられた数多の患者さんたちのために、せめて一人くらいは命を賭けて戦う馬鹿がいてもいいんじゃないか。それが私の「為すべきこと」なんじゃないかって、そう思ったのです。

しかし、それが真に私のまごころであると言えるのか、至誠であると言えるのか。

私には判りません、いや、本当は判っているのです。為すべきことだなんて言ってはいますが、誰が保証したわけでもなく、ただ自分勝手に思っているだけです。自分のことしか考えず、自分の想いを一方的に押し付けているだけです。「偽善」なのかもしれません、いや、おそらくは偽善なのでしょう。私の心の中に医師として医学者として「成功したい」という欲がないわけではなかったと、他ならぬこの私だけは知っているのですから。

それでも、せめて私だけでも、命を賭してやった方が良いでしょう?
やらない善よりは、やる偽善をこそ、貫くべきでしょう?

いつかどこかで誰かの幸せにつながる可能性があるのなら――この身を賭してもいいんじゃないかって、そう開き直ることにしました。たとえ、この身は露と消えても。報われなかったとしても。
そして、私はついに英国まで単身で来ました。もう、あとには引けないし、もはや引く気もない。
私の偽善が天に通ずかどうかは判りませんが、もしこの世に神さまがいるのならば、どうか、いつか彼らが笑顔で故郷に帰る日が来ますように。帰ることが出来なかった人たちの想いも運んでもらえますようにって、今、心からそう祈りながら。
私は、私に出来ること――この留学を、懸命に頑張ろうと思います。
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