
母が生前よく話してくれたのが、女学校時代に起こった阪神大水害の話題です。
昭和13年ですから私の記憶の世界ではありませんが、神戸に住むかなり年上の知人が阪神大震災が起こったとき、神戸は大水害の時と同じ試練を再び受けた・・とつぶやいたことがあります。
そして、阪神大震災の焼け跡は神戸大空襲の焼け跡とそっくりだった、そう語った先輩の話に、人は同じ繰り返しを永遠に続ける宿命にあるのかだろうか・・と感じたものでした。
その大水害の日が昭和13年7月5日、つまりきょうの日です。
母の話によればそれは想像を絶する位の雨で、その結果恐ろしい光景が広がり、通学のために毎日歩いた町並みが一瞬に消えてしまったと話していました。
牛の死体がごろごろ市電の軌道に転がり、電車や当時はまだ数少ない自動車も埋まり、都市部の家の2階まで土砂が押し寄せる惨状だったそうです。
記録では616人が亡くなったということですが、当時の記録は行方不明者を含まず犠牲者はもっと多いと言われています。
どれだけの雨でこうなるのかというと、その年7月3日から降り続いた雨は5日になって雨脚を早め、この3日間の雨量は461ミリを越えました。
これは神戸に降る年間降雨量の3分の1にあたり、もろい花崗岩で作られた六甲山系の山崩れを招いたことが原因です。
母や祖母の話から、この自然水害に興味を抱いていましたが、記録誌などに残された写真からしかその様子をうかがうことしかできませんでした。
今朝の神戸新聞朝刊を開くと「阪神大水害から71年、(惨状の記憶)後世に・・!」の記事を見つけました。
それは神戸在住の方がこの時の動画を保管しているとの話題で、これを紹介する記事です。
神戸新聞のホームページでこの動画を公開しているので早速見てみました。
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0002092729.shtml
映像は当然モノクロで、しかも戦前の町ですから今とは景色が一変しています。
その後神戸は、戦時中の空襲、大水害、大震災と町並みを一度に破壊する人災と天災を受け続けたのですから今の面影はありません。
きょうの神戸は厚い雲に覆われているものの雨は降らず比較的穏やかな日曜日です。
時を同じくしてきょうは兵庫県知事選挙投票日です。静岡のような激しい選挙ではなく、まさにこのお天気のような静けさといえます。
梅雨の合間の静かな休日に、母から聞いた71年前の出来事を思い出す機会になりましたが、そうでなければこんな記憶も人々から忘れられ、やがては6000人の犠牲者をだした阪神淡路大震災も同じような道をたどるのでしょう。
平和な平和な日曜日、新聞の記事から母の話をたどりながら「語り継ぐことの大切さ!」を思いなおしています。
昭和13年ですから私の記憶の世界ではありませんが、神戸に住むかなり年上の知人が阪神大震災が起こったとき、神戸は大水害の時と同じ試練を再び受けた・・とつぶやいたことがあります。
そして、阪神大震災の焼け跡は神戸大空襲の焼け跡とそっくりだった、そう語った先輩の話に、人は同じ繰り返しを永遠に続ける宿命にあるのかだろうか・・と感じたものでした。
その大水害の日が昭和13年7月5日、つまりきょうの日です。
母の話によればそれは想像を絶する位の雨で、その結果恐ろしい光景が広がり、通学のために毎日歩いた町並みが一瞬に消えてしまったと話していました。
牛の死体がごろごろ市電の軌道に転がり、電車や当時はまだ数少ない自動車も埋まり、都市部の家の2階まで土砂が押し寄せる惨状だったそうです。
記録では616人が亡くなったということですが、当時の記録は行方不明者を含まず犠牲者はもっと多いと言われています。
どれだけの雨でこうなるのかというと、その年7月3日から降り続いた雨は5日になって雨脚を早め、この3日間の雨量は461ミリを越えました。
これは神戸に降る年間降雨量の3分の1にあたり、もろい花崗岩で作られた六甲山系の山崩れを招いたことが原因です。
母や祖母の話から、この自然水害に興味を抱いていましたが、記録誌などに残された写真からしかその様子をうかがうことしかできませんでした。
今朝の神戸新聞朝刊を開くと「阪神大水害から71年、(惨状の記憶)後世に・・!」の記事を見つけました。
それは神戸在住の方がこの時の動画を保管しているとの話題で、これを紹介する記事です。
神戸新聞のホームページでこの動画を公開しているので早速見てみました。
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0002092729.shtml
映像は当然モノクロで、しかも戦前の町ですから今とは景色が一変しています。
その後神戸は、戦時中の空襲、大水害、大震災と町並みを一度に破壊する人災と天災を受け続けたのですから今の面影はありません。
きょうの神戸は厚い雲に覆われているものの雨は降らず比較的穏やかな日曜日です。
時を同じくしてきょうは兵庫県知事選挙投票日です。静岡のような激しい選挙ではなく、まさにこのお天気のような静けさといえます。
梅雨の合間の静かな休日に、母から聞いた71年前の出来事を思い出す機会になりましたが、そうでなければこんな記憶も人々から忘れられ、やがては6000人の犠牲者をだした阪神淡路大震災も同じような道をたどるのでしょう。
平和な平和な日曜日、新聞の記事から母の話をたどりながら「語り継ぐことの大切さ!」を思いなおしています。











台風12号の大雨で阪神大水害の話を思い出しました。
拙ブログに使わせていただきましたのでお知らせします。
ワタシもラジオ少年(電リク少年)でした。
http://nishinomiya-style.com/blog/page.asp?idx=10000076&post_idx_sel=10037485