りょうさんの思う壺・・!

大ごと、小言ひっくるめ!
巷の話題も、私ごとも!
ひと息ついて、ご一緒ください!

冬景色

2012年01月09日 | 思うところ
寒いのは好きでは無いのですが、雪景色は大好きです。
雪国の人にとっては、酔狂な思いかもしれませんが日本の雪にはひときわ風情を感じます。



家でのんびりの正月も悪くはありませんが、ちょっとばかし雪景色に触れたくなり車を走らせました。
行先は京都北部・・・
親戚の家を突然訪ね、新年のあいさつをしてきました。



途中吹雪になり、久しぶりに雪の中を走りました。
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初詣でと年賀状

2012年01月05日 | 思うところ
新年のごあいさつが遅くなりました。
皆様お気に入りのお正月になりましたか?
辰年・・よろしくお願いします

おかげさまで、非常に落ちついた元旦を迎えました。
気負いもなくあるがままにこの一年が過ぎることを願いました

初詣では元旦にお誘いを受けて西宮神社に・・これは番外です
そして翌日は何と言ってもわが町の氏神様、舞子六神社にお参りです
もう一つ我が家に一番近い小さなお社があります
ここは、無人ですがその昔の鎮守様の雰囲気が残るお社です



舞子六神社は、昨年の地鎮祭でお世話になった神社ですから、
お礼参りと新しい御札を受けに向かいました
境内で宮司さんに出会いごあいさつ・・まずは、いいスタートとなりました
娘のおみくじも大吉、これもまずまずといったところでしょうか・・



ゆっくりした時間の中で今年は年賀状の整理を入念にやりました
慣例を通り越して惰性のような年賀のやり取りも正直なところ多くあります
仕事がらのせいか相手の顔が浮かばないものや、何よりそっけない年賀状が増えてきたのも事実です
宛名も本文もプリンター印刷の年賀状が一番欲しくないという話題がテレビでも流されました
少し考えるところがあった今年の年賀状事情です



昨年の6月、引っ越しの挨拶状を年賀状の数以上に出しました
ところが、2割は旧住所からの転送で少しばかり意外でした
私自身整理については及第点が貰えない自覚がありましたが、
意外とみなさんも人の引っ越しなどに興味がないということがわかりました。
あらゆる場所で必死に年賀状を売るコーナーにも驚きましたが、
年始にもまだ年賀状を売っている場面も目撃しました
電報が消え去るように年賀状も今後は大きく様変わりするのでしょうね。
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最後の忘年会

2011年12月31日 | 思うところ
どういう訳か、師走の30日は16歳からずっと欠かさずお付き合いが続く仲間の忘年会です
この日に定着したのがいつだったか定かではありませんが、
現役時代に全員が揃えるのは大晦日かこの日しかなかったことが大きな要因です
この会は四0会(ヨンマルカイ)と言って、昭和40年に高校を卒業した仲間の会です

毎年、数回口実を作っては会うのですが、一度も欠かしたことがない会なのです
友人の一人が、「何だか兄弟みたいな出会いの場になった・・」
といった言葉に、不思議な感じがしながらもうまく表現していると感心したものです

この年になると、話題は健康と年金というのが標準のようですが、その通りになりました
事実健康を害して一人欠席・・
不自由を押して来てくれた友人もいます

突如現れたのがMasacoさんと今年富士山を目指したWさん夫妻
師走恒例ながら、会場となった我が家で高人数の忘年会になりました
これだけの友人が訪ねてくれる家、まさに団欒の住処そのものです

買い出しや、食事の準備は確かに大変ですが
それより大きな話題に花が咲くのは素晴らしい時間です
引っ越ししてから半年、多くの客人を迎え賑やかなひと時になりました

後片付けを済ませ眠りについたのは、大晦日になっていました
今年最後の日、久しぶりに満足できる片づけを済ませ
テレビは恒例の紅白歌合戦が流れています
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師走の名古山霊園

2011年12月30日 | 思うところ
師走も大晦日前となると、さすがに名古山霊園は静かな一日でした



あっという間にこの一年が過ぎ去り、遅ればせながら先祖の墓参りに出向きました
とはいっても、子どもたちは仕事で、家内とふたりだけの寂しい墓守役です
ラジオからは帰省ラッシュの渋滞情報が流れていますが、
姫路までの道路はスイスイで快適なドライブコースでした

お決まりのお参りを済ませ、仏舎利塔に行くと28日から休館・・・
中に入ることができません
入り口は早々と門松が飾られ、まったく人気のない施設は
いかにも市が管理するものだという雰囲気を漂わせています



神社仏閣の年末年始は、庶民が唯一得られる貴重な時間に合わせた年中行事ですが
ここはお釈迦さまの遺骨を祀る施設です
行政が運営する施設ですから、宗教色を薄め「人類永遠の平和と幸福の祈願を・・」
訴えているのですが、周りは多くの人たちの先祖供養の象徴地です
年末年始に門戸を閉じるというのは実にお役所仕事ではないかと思います

名古山霊苑は、国宝姫路城の西にあります
インドの故ネール首相から贈られた仏舎利を納めた厨子の仏舎利殿がその中心にそびえています
父が生前この厳かな場所を気に入り、墓地を作ったのはおよそ半世紀前のことでした
それ以来この場所を定期的に訪れるのですが、
神戸に住む我が家が姫路市のこの墓苑を利用させてもらっているのは
私の祖父母の故郷であもあるからです

そういえば今は息子も姫路市の住人・・・
徐々にこの地に近づいているのでしょう!


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レンズの再利用

2011年12月28日 | 思うところ
外出時の必携ツールはデジカメです。
旅にはもちろん欠かせない必需品ですが、デジカメの小型化でポケットにすっぽり・・というスタイルが大きく貢献しています。
このところ、スマートフォンに代表される携帯端末のカメラ機能はすでにこれらに匹敵するもので、デジカメなど不要という人も多くいます。
でも、カメラはカメラで、すべてがとって変わることはないはずです・・

子どもが小さいころのことですが、写真といえばすべて自前で処理していたこともあり、かなりマニアックなカメラ愛好家でもありました。
転換期は、モノクロ時代が終わり、カラープリントが主流になるころ、これも自前でやるかそれとも・・の時期でした。

ある時期デジタルカメラというものが市場にでて、物珍しさも手伝い早速購入しましたが、今では考えられないような代物でした。
その画像が保存されていますが、今見ると実用とはかけ離れた悲惨な画像です。

あれから何年・・・購入したデジカメは軽く10数台・・・。
お古は人にやったり、家族にやったりして今手元には3台愛用機が残っています。

カメラ界の今年の話題は、何といってもミラーレスの超小型の一眼カメラが各メーカーから一斉に発売されたことです。



量販店に立ち寄るたびに手にすると、よくぞこんなに小さくまとめたなーと感心しきりです。
大きなカメラとお別れして久しいのですが、この小さな姿に感動です。
これならカバンにすっぽり収まりそうだ・・
これに加え、このカメラに大昔のレンズが使えるとわかり遊び心が頭をもたげました。



というわけで、眠っていた交換レンズが再び日の目をみることになりました。
小さなボディーに大きなレンズというアンバランスな姿も結構サマになります。
構造上、取り付けた交換レンズの5.5倍の倍率になるので、格安で超望遠撮影ができるのも興味深いところです。

保存が悪くカビが付いたレンズもありますが、二度と使うことがないと思っていたレンズに再び出番ができたことは、何よりウキウキする思いす。
われわれおじさん世代は、捨てるのが下手でいつまでもガラクタと同居ですが、今回ばかりは遊び心を超えたエコ思想の実践として別の意味でも貢献できたのではないかと思うのです。
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山側から海・港へ

2011年12月25日 | 思うところ
何だか神戸の観光案内のようになってきました
きょうのルートは、神戸の高台異人館街から三宮、元町、神戸モザイクをしっかり歩くコースでした
口にするのも嫌になる、寒い寒い日曜日です
ところで、カメラを変えたので、写真の色合いがいつもと違うことにお気づきでしょうか?

手袋なしでカメラ片手に歩くとさすが冷たいものです・・・
神戸が一望できる、神戸北野神社から、神戸異人館街のシンボル風見鶏の館が見下ろせます!
ここは、明治42年頃にドイツ人貿易商ゴッドフリート・トーマス氏の自邸として建てられました。



赤レンガと尖塔の上の風見鶏で有名な異人館の中でも異彩を放つ建物で、昭和53年に
神戸市の所有となり、国の重要文化財に指定されています。

神戸のさびれゆくシンボルといえば、元町高架下の通りです
三宮寄りはまだ元気ですが、神戸駅に進むにつれて急に寂しくなります
そして閉店が続出・・・
ここは一時は神戸港に着く船乗りの買い物の名所でもありました
私の父も生前ここを通り、実につまらない高い買い物をしていました



6丁目に近い高架下は、日曜日なのに人が通っていません・・
年の瀬の商戦に程遠い現実がここにあります

歩き始めるとどうしても足が向くのが港です
最近はメリケン波止場ではなく、神戸モザイク周辺に行くことが多くなりました
ポートタワー、神戸海洋博物館、ホテルオークラ神戸と六甲連山・・・
この寒さの中でカモメが漂っています



ちょうどクルージング船、コンチェルト号の出航でしたが、どういう訳か夏より乗客が多くびっくりでした
この船もよく利用していたのですが、最近はとんとご縁がありません





大観覧車もフル稼働だったのはやはりクリスマスの日曜日だからでしょう
きょうの買い物は、一眼カメラ用の交換レンズ・・
最近中古の交換レンズ探しが面白くてカメラ屋さんをよく覗きます
手に入れたレンズの試写が楽しみでもあります




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クリスマス・イブの散歩

2011年12月24日 | 思うところ
神戸の最低気温は3度、日中でも8度までしか上がりません。
寒い寒い土曜日・・・そういえば今日はクリスマスイブ

哀れなことに、きょうは黒猫「くろん」と一匹・一人のお留守番です・・・
お互い睨み合って会話もなく、気まぐれで孤独な時間です。

ネコと違うのは、狭い家から飛びだして、自由に出かけることできる・・・
ネコと張り合ってどうするねん!!
そこで、冬装備をして海岸の散歩にでかけました。
目的は買ったばかりの一眼カメラのテストを兼ねてです。

外気はピリッとしてさわやかです。
家を出てすぐに見えるのが明石海峡大橋のたもとにある移情閣、中国革命の父、孫文の記念館です。



時折雪空に変わる空模様も、これまたときおり晴れ間が訪れます。



歩いて15分ほどで、マリンピア神戸・・・
ヨットハーバーも静かです
明石海峡は大荒れですからこんな日に海に出る気にはなれないと思います。



アウトレットの賑わいはいつもより少ないものの
きょうも遠方から沢山の人がやってきます。



この日の散策は、歩数計7500歩
定期券の期限も近づいてきたので、帰りは電車に。



寒くても、歩く時間はいいものです。
写真写りこんなもんでしょうか・・














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冬支度

2011年12月23日 | 思うところ
カッコつけても所詮貨物車はそれなりで、乗用車とは違います。

寒波襲来のニュースに車も冬装備に・・と、まず足元を冬用に変えました。
昨年下ろしたてのスタッドレスタイヤも2回目の出番を迎えます。
今年の春先、山陰の峠越えで大雪に遭遇しました。
ノーマルタイヤではとても無理なコースでした。

春先の雪に驚きましたが、さすがダンロップのスノータイヤは問題なく峠を超えさせてくれました。
まず足元を固めろ!の教えは健在です。

ことしもあっという間に年の瀬を迎え、いつもお世話になっているディーラーに無理をお願いしました。
乗用車とは違い、バンタイプの我が愛車は大変です。
アルミホイルでも結構重いのですが、鉄のホイールの雪用タイヤは、車に積む込むだけで大変な作業です。
今年の引っ越しでかなりオーバーワーク気味の年老いた体を実感しています。
筋肉痛もありこれまで難なくできたことが結構負担に感じるのですからタイヤ交換も人任せになってしまいます。

いつも親切にしてくれるディーラーのスタッフのお世話になりお陰さまで何とか車の冬支度が完了しました。
外はこの冬一番の冷え込みです・・・

安心は安全へつづく道です。何だかホッとした気持ちでこの冬を乗り切れそうです。
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秘蔵写真

2011年12月20日 | 思うところ
これまで十数台のデジタルカメラを使ったのですが、一夜で失望したものやお気に入りなど、ずいぶん楽しませてもらいました。

ある時期、それなりのカメラ愛好家だった証拠は暗室に機材をそろえ、すべて自前で写真に取り組んでいたことです。
転換期は何度かありましたが、カラープリントを自前でやるか、それとも・・の選択の時期など時代の変遷を感じる経験も多くありました。

その後も、一眼レフカメラを手放せず愛用していたのですが、ある時期デジタルカメラとうものが世に出てきました。
もの珍しさに早速買ったのですが、新鮮さは格別でしたが画質は解像度の悪いブラウン管テレビそのもので実用とは程遠いものでした。
今もその画像がデータとして残っていますが、驚くほどすごい画質です。

今年のカメラニュースに、各社のミラーレス一眼が出そろったという情報に、再び遊び心が頭をもたげてきました。
小さい一眼カメラに興味があったこともあり出かける度に、品定めをしていました。
ただ、一眼レフカメラから去った世捨て人ですから、今更カメラのスペックを講釈する身分でもなく、ただひっそりと遊ぶには何がいいか・・自分に向いている機種はどれかなど、この選択の時間がこれまた楽しいのです。

このところカメラ専門店は、大規模電気量販店になり街のカメラ屋さんがどんどん消えていきました。
便利なようでどこか寂しいのですが、ネットショップの通販も賑やかです、これも時代なのでしょう。
すこしばかりのこだわりですが、カメラはお店で顔を見ながら買いたい、昔からそうだったように・・・、というわけで、きょう大阪のカメラ屋さんに出かけ記念すべき一つを手に入れました。

ウキウキ気分で家に帰り、魚眼レンズやズームなど交換レンズを付け替えながら、あれやこれやと結構夜更かしをしてしまいました。
直感的に相性が良さそうなのは、私が最初に手にした同じブランドであることもまんざら無関係ではなさそうです。
被写体は当然ながら我がガラクタ部屋になりますが、コンパクトデジタルカメラでは味わえなかった感触を久々に味わっています。
おもちゃみたいなカメラを手に喜んでいる姿を誰かに見られるときっと子どもと同じなのでしょうね。

年金生活者を直撃する10万円コースの買い物ですが、眠っていた心にスイッチが入ると、この先あれもこれもと恐ろしい未来が待ち受けているのかもしれません。
そうなれば、猫の大好物の缶詰を一ランク下げてやろうかと企んでいます。
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Merry Christmas

2011年12月19日 | 思うところ
言うまでもなくクリスマスは、イエス・キリストの誕生を祝うキリスト教の祭日です。

幼い頃、お隣がキリスト教会で、垣根越しに行き来できる環境だったせいか、お寺よりもキリスト教会に馴染みが深いのです。
毎週日曜日になると、この日曜学校が楽しみの時間で讃美歌を歌って午前中を過ごしていたことを思い出します。
教会通いの思い出の極めつけは、何と言っても楽しいクリスマスのミサでした。

かれこれ60年近い昔のことで、大きなクリスマスツリーなどが記憶にありますが、必死に思いだそうとしても鮮明な景色にはなりません。
小学校を5回転校した悲惨な転勤族の家でしたから、長く一か所にとどまることはなくこの教会で2回クリスマスを迎えたことが私のなかでは珍しい歴史です。
キリスト教とはそれ以来無縁ですが、今年も一足早くクリスマスケーキが届きました。

私は仕事柄ホテル関係のお付き合いも多く、そこから頼まれることは、クリスマスケーキを買ってくれ!やら、お節料理を・・・ディナーショーのチケットは?など、イベント企画の失敗や売り損なった商品を業者や従業員に強制的に売ってつじつまを合わせる怠け者のホテルが結構多いのです。
あまり感心できることではない現状を多く見てきたのですが、年金生活予備軍となりこのような悪しきお付き合いを整理したのが昨年のことでした。

少し寂しい気がないわけではありませんが、面白いことに最近娘が勤務先から決まって何か食品を持って帰ります。
食べ物を作る会社ではないのですが、聞いてみると毎回違う商品は取引先の製品だとか・・・。
もちろん試供品をもらって帰ることもあるようですが、必ずしもそうではなくわざわざ買っているとのことでした。
なんでそんなことを!と聞くと、取引先の営業担当が、売りそこなった商品を取引先である娘の会社に強引に置いていくのだそうで、それを支えているそうで半ば強制的な消化ということでしょうか・・・。
なんだ、親が止めれば子が受け継ぐ・・これはちっとも変りはなく、日本の経済市場のお付き合いはこういう貸し借りで成り立っているのかと苦笑でした。

そしてきょう我が家にクリスマスケーキが届きました。
この種明かしをすると、今年取引先から娘の会社の社員一人あたり5個のノルマが課せられとのことでした。
独身の社員などどうするの?
その答えは「食べるしかない!」でしたが、厳しい現実です。

その一つが早々と我が家に届いたのは、どうやら私が東京出張で留守になることからこの日を選んだようでした。
お節料理を大晦日までに食べるみたいな感じですが、クリスマスケーキを食べるのがクリスマスとなった日本の平和を喜ぶべきかでしたが、今回の救いは、結構美味しかったことです
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年の瀬再考

2011年12月18日 | 思うところ
封を切らないまま、積んだままの年賀状が500枚・・
そろそろ手をつけないと!

そう思っていた頃、朝夕のテレビで「ありがたくない年賀状」というテーマでの番組がありました。
要するに、手書き文字のない年賀状など欲しくもないという結論です。
極めつけは宛名も本文もプリンターのお世話の年賀状など出すな!とまで言われて、少々出鼻をくじかれた思いです。

例年、年賀はがきのスペースをびっしり活用した一年の経過を定番にしている私として、これを手書きにしようと思えば封書しか対応できません。
問題は手書きとか印刷とかではなく、中身でしょう・・・
そんな時、NHKラジオでも極めつけのお話があり、社会はこれに同調傾向にあるようです。

パソコンを使った写真を満載した年賀状作成は、初期のころ新鮮で価値あるものだったのです。
へー。。こんなことができるんだ!!憧れでもあり相当な投資の成果でもありました。
これが普及すれば無価値といわれることもしゃくですが、先駆者の夢を破壊する論評に少々疑問が残ります。
そうなれば白紙で出して誰からか推測させるのも一考化かもしれませんが、これは失礼だし、今更イモバンも考えられず最後の知恵を振り絞っている年の暮れです。

知恵を出さないと・・そう思いながらきょうもお誘いを受けて忘年会に・・・
クリスマス飾りの町並みを急ぎ足で駆け抜けながら会場にいそぎました!

今宵は年金生活者に相応しくないフグ料理のフルコースをいただき、年賀状などすっかり頭から消えた時間になりました。
私の年賀状など欲しくはないという声が聞こえれば喜んで対応するのですが・・・

結論でございます!
私の世代になれば年賀状の価値は「まだ生きているぞ!」の生存宣言です。
手書きだとかプリントだとかを野次馬に評価させる必要もない堂々とした通信なのだ!

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KOBE「ルミナリエ」

2011年12月08日 | 思うところ
元町駅からルミナリエ会場入り口にある大丸百貨店への道は、ぬかるみやでこぼこ道で、歩道に鉄板が敷かれるという観光地神戸から想像もできないくらい姿で惨めな町でした。
その日は1995年12月・・・今から17年前のことです。



今でこそ「神戸ルミナリエ」は、1995年1月17日に兵庫県南部地方を襲った阪神・淡路大震災の記憶を次の世代に語り継ぐ、神戸のまちと市民の夢と希望を象徴する行事として開催していますが、明らかにあの日は復興のシンボルというイメージではなく、亡くした尊い命への鎮魂の光を・・という思いでした。

色を亡くした神戸の町にこの光が届いた時の感動は今も忘れる事ができません。
思わず立ち尽くし、やがれ流れる落ちる涙のなか、深い息を吸い込みながら目を凝らしたことを鮮烈に思い出します。
大丸前から東公園までの300mほどの距離ですが、闇の世界の神戸に短いながら天国に続く道ができたと安堵したものです。

この感動を忘れないために毎年この光の道を歩いていたのですが、ある時期からお休みすることにしました。
それは、震災による犠牲者への慰霊と鎮魂の「送り火」とは無縁の単なる観光の場所として変わりつつある現実を感じたからです。
神戸に春が来るのだろうか・・・そしてその年の暮れ、間もなく新しい年を迎える神戸が果たして再生するのか・・どこか落ち込んでいた私を励ましてくれたあの日のことを託せなくなった「神戸ルミナリエ」が、遠い世界のアトラクションになったと思ったことがきっかけです。
恐らく同じ思いを抱いた人もいるのではないでしょうか。

一時は目的を果たしたということで、開催中止を告げる話も飛び出しましたが、多くの来場者や趣旨に賛同する事業者に支えられ継続しています。
すべて来場者のカンパと募金によって成り立っている名物行事ですが、一人百円の募金を呼びかけるブースより遙かに明るい照明に照らされる屋台を囲む輪の方が多いという現実が可笑しくもあります。
ここには17年前の震災犠牲者を追悼する法事の姿はみられません。

今年久しぶりにこの光の下を歩いたのは、3・11・・恐るべし東日本大震災の犠牲者への鎮魂の光を東北の皆さんに届けようと呼びかけに呼応たからです。
省エネを意識して、一部はLED電球になり、飾りつけも少し間引きされトーンを落としたKOBEルミナリエから感じる思いは、不景気日本と重なる現実です。

来年もこの日が来ることを願い募金箱に・・・すかさずお嬢さんが手渡してくれたのが募金協力者への証です。



17年前の記憶など無い世代が、この会場で活躍するのですから、ルミナリエも変わっていくのは当然なのでしょうね!
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喪中ハガキ

2011年12月03日 | 思うところ
そろそろ年賀状の準備に気合を入れないといけない季節になりました。
余裕のない年は大晦日を意識しながらも手付かずのまま、かなり押し迫った時期に慌ててポストに走ることも結構ありました。
それでも元旦に届いている事を聞いて、気合が入っているのはむしろ郵便会社で、怠け者の私を庇ってくれたと感謝しています。

今年も11月辺りから喪中ハガキが届くようになりました。
今のところ30通足らず・・・きょうも3通、例年より多いかもしれません。

よくよく考えてみると一昔前なら、私位の年齢は喪中の主人公であり合掌される立場だったようです。
平和な日本が世界に誇る長寿国になったことはそれなりに喜ばしい事でもありますが、生きること、老いについて真面目に考える機会でもあります。

3世代が同居し比較的大家族で育った私は、家族というものは賑やかなことが基本だと疑わなかったのですが、姉たちが嫁ぎ、祖母を送り、父を看取り、年代差はありますが母の葬儀を出したのはずいぶん前の大晦日でした。

葬儀を終え斎場から戻り、家内子どもたち4人になった時、それまでに賑わいの居間が閑散として、なんともいえない寂しさに襲われたことを今も思い出します。
慌しい年の瀬を過ごし、喪中のハガキも出せず、年賀状も出さないまま迎えた寂しいお正月に説明もままならずこれが原因で疎遠になった友人が現実に居ます。

最近手元に届く喪中はがきには特に丁寧に目を通しています。
あと何年年賀状のやり取りができるのかわかりませんが、事務的な受け取りは失礼だと感じ、どなたを見送ったのかを記憶するようにしています。
大抵の場合、私が存じ上げない身内の方ですが、驚くのはその方々の年齢です。
今のところ最高齢は101歳、その次は98歳と90歳台が軒並みです。

関心などとは失礼だとは思うのですが、私の思いは自分自身はとてもその年代に届く自信もなく想像もできないことですから、お悔やみよりため息に似た感心が先に立ってしまいます。

喪中の差出人を見るとお馴染みの名前ばかりですが、今年その中に見覚えのない名前がありました。
良く見ると父親の逝去を知らせる息子さんの名前でしたが、その父親が私の大学時代の友人であることに気づき大変驚きました。
最近久しく会っていない旧友でしたが、百歳の肉親を送ったという私の世代の知らせではなく、送るはずの本人が送られるという現実に人の世のはかなさを思い知らされます。
天命がどんな決まりや法則に支配されているのか不思議でなりません。

師走を向かえ歳末商戦に慌しい町の喧騒の中で、ひとり部屋の片隅で今年なくなった方々の知らせに接し、また先に逝った友人との思い出にふけるのもこれまた俗人に与えられた供養の時間であるかも知れません。
すべての方々のご冥福をお祈りします。

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夕暮れ

2011年11月25日 | 思うところ
羽田から神戸空港への最終便はよく利用するのですが、その逆はめったにありません。

きょうから週明けまで東京ですが、今回はスカイマークの夕暮れ便を使いました。
いつの間にか眠りについていましたが、軽い揺れで目が覚めると夕暮れの中に、赤富士がシルエットを作っていました。

そういえば11月も終わりに近く、師走を迎えます。
あわただしい都内の喧騒のなかに飛び込む前に、夕焼けの空に出会うとほっとした思いになります。
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出雲行き

2011年11月23日 | 思うところ
早朝6時に出雲に向いました。
目的は視察!
一人旅で往復約700kmのドライブです。

前回は大山に行く時に通ったルートです。
宍道湖が見渡せるパーキングエリアに入り、
どこか見覚えのある場所に立ち、思い出しました。

その日のうちに帰った急ぎの旅でしたが、
晴れた穏やかな道中は紅葉も見ごろで
静かな山陰路は休まります。
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