元町駅からルミナリエ会場入り口にある大丸百貨店への道は、ぬかるみやでこぼこ道で、歩道に鉄板が敷かれるという観光地神戸から想像もできないくらい姿で惨めな町でした。
その日は1995年12月・・・今から17年前のことです。
今でこそ「神戸ルミナリエ」は、1995年1月17日に兵庫県南部地方を襲った阪神・淡路大震災の記憶を次の世代に語り継ぐ、神戸のまちと市民の夢と希望を象徴する行事として開催していますが、明らかにあの日は復興のシンボルというイメージではなく、亡くした尊い命への鎮魂の光を・・という思いでした。
色を亡くした神戸の町にこの光が届いた時の感動は今も忘れる事ができません。
思わず立ち尽くし、やがれ流れる落ちる涙のなか、深い息を吸い込みながら目を凝らしたことを鮮烈に思い出します。
大丸前から東公園までの300mほどの距離ですが、闇の世界の神戸に短いながら天国に続く道ができたと安堵したものです。
この感動を忘れないために毎年この光の道を歩いていたのですが、ある時期からお休みすることにしました。
それは、震災による犠牲者への慰霊と鎮魂の「送り火」とは無縁の単なる観光の場所として変わりつつある現実を感じたからです。
神戸に春が来るのだろうか・・・そしてその年の暮れ、間もなく新しい年を迎える神戸が果たして再生するのか・・どこか落ち込んでいた私を励ましてくれたあの日のことを託せなくなった「神戸ルミナリエ」が、遠い世界のアトラクションになったと思ったことがきっかけです。
恐らく同じ思いを抱いた人もいるのではないでしょうか。
一時は目的を果たしたということで、開催中止を告げる話も飛び出しましたが、多くの来場者や趣旨に賛同する事業者に支えられ継続しています。
すべて来場者のカンパと募金によって成り立っている名物行事ですが、一人百円の募金を呼びかけるブースより遙かに明るい照明に照らされる屋台を囲む輪の方が多いという現実が可笑しくもあります。
ここには17年前の震災犠牲者を追悼する法事の姿はみられません。
今年久しぶりにこの光の下を歩いたのは、3・11・・恐るべし東日本大震災の犠牲者への鎮魂の光を東北の皆さんに届けようと呼びかけに呼応たからです。
省エネを意識して、一部はLED電球になり、飾りつけも少し間引きされトーンを落としたKOBEルミナリエから感じる思いは、不景気日本と重なる現実です。
来年もこの日が来ることを願い募金箱に・・・すかさずお嬢さんが手渡してくれたのが募金協力者への証です。
17年前の記憶など無い世代が、この会場で活躍するのですから、ルミナリエも変わっていくのは当然なのでしょうね!