20世紀ウラ・クラシック!<最新版>

このページは、19世紀末から20世紀の末流ロマン派クラシック音楽に焦点を当て、同時代の録音評を中心に紹介しています。

☆ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

2017年03月27日 | ドビュッシー
○モートン・グールド指揮デトロイト交響楽団(DA:CD-R)1978live

自在に伸縮する恍惚とした音楽。非常に感傷的な音をしている。デトロイトにこんな音が出せたのかと驚嘆する。グールドの指揮の腕前は他の録音でも聴かれるようにけっこうなもので、ただまとまった曲を録音しなかったのが知名度につながらなかったゆえんだろう。作曲家としてもアメリカを代表する一人だ。それにしてもねっとりした前時代的な音楽、であるがゆえに現代の貴重な解釈者であった。
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☆ブリテン:連作歌曲集「イリュミナシオン」

2017年03月26日 | イギリス
○ダンコ(Sp)アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団(CASCAVELLE)CD

ブリテンの代表作のひとつで女声向けに編まれたものだがよく男声でも歌われる。ランボーの詩文に拠り、(ブリテンにその影響が無いわけではないが)象徴主義の香りを好んだフランスの作曲家たちの作品に似た軽い響きに飄としたシニシズムを前面に押し出した曲と思いきや、重く中欧的で、ショスタコに近い。メロディのわかりやすさや職人的な無難な構造を除けば、意味内容的なところも含めて共通点を強く感じる。もっと壮大でロマンティックでマーラー的でもあるが、それらはむしろイギリス伝統の大規模歌唱曲にみられる要素を背景としたものであろう。シニカルなことは確かだがそれも自国ウォルトンよりショスタコに似ている。「出発」はマーラーの「告別」に似た余韻を残すが、あのような幻想的な希望ではなく暗黒の闇である。悲愴に端をはっした手法と思われる心臓の鼓動による終局は、横溢する英国人らしいシニカルな側面がもっと汎世界的なものへ昇華されたような、そして時代の不安を映したと言って恐らく正解であろうもやもやした感情を沸き立たせる。アンセルメはモノラル時代においてはわりと精力的な指揮を行い、これも積極的にアンサンブルを盛り立てて歌唱と拮抗させている。ドイツ的な力強さがあり、またオネゲルの楽曲のようにこの構造をとらえ、表現しているのだなとも思わせた。スイス・ロマンドならではという感じは余り無いが上手い。何とダンコが歌っているのだが、少し余裕があり過ぎ、表層的で単調。但しここは即物的な意味合いの強い詩文として、即物的に歌っているだけなのかもしれない。○。

Britten: Les Illuminations Op.18, War Requiem Op.66; Berg: Sieben fruhe Lieder / Ernest Ansermet, SRO, Suisse Romande Radio Chorus, etc
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ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第二組曲

2017年03月26日 | Weblog
ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(DA)1962live

いささか乱暴な録音だが(全曲からの切り出し?)まとまっていてミュンシュのものとしては聴きやすい。外しがなく、不格好なデフォルメもない。なかなか聴き応えがある。ラスト近くできついノイズが入るのは痛いが、物凄いスピードにもものともせずやりきったオケにブラヴォが飛ぶ。
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☆ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲第3番「田園交響曲」

2017年03月25日 | ヴォーン・ウィリアムズ
○A.デイヴィス指揮BBC交響楽団(teldec/warner)CD

Tp独唱は表記されているが何故か終楽章のヴォカリーズを担当するSpの名前が私の盤には記載されていない。今はwarnerの廉価全集盤となっているものの一枚であるが、廉価にするには惜しいアンドリュー・デイヴィスの素晴らしい記録の一つである。オケには少し機敏さが足りないところもあるし、終楽章のソプラノがあけすけで若々しすぎて(録音のせいもあろうが)よくないが、全般にはこの上も無く美しいRVW前期の代表作にふさわしい出来となっている。次々と重なりあらわれるさまが印象的な旋律群はいずれも五音音階に基づく民謡風のものだが、生々しさや野暮ったさが無いのは和声的なもの以上に構造的に注意深く、編成はけして小さくは無いのに極めて簡素であること・・・スコアのページ上に登場する段数がえんえんとかわるがわるで少ないままである・・・に起因しているだろう。終始牧歌的な雰囲気のまま、時折ブラス群が不安の雲をくゆらせたり、夕暮れを示すようなトランペット独唱・・・従軍中の情景の引用だろう・・・や高空を舞う夜風のようなソプラノ独唱が耳を震わすのみで、全楽章とにかく緩徐楽章であるという点で有名な曲であり、好悪わかつところもあろうが、英国交響曲史上の単独峰であることはたしかだ。デイヴィスの明るく録音も新しく、また感情的ではないがブライデン・トムソンのように突き放したような客観性を見せない演奏ぶりは曲にマッチしている。同曲にはいくつか伝説があり、第一次世界大戦従軍中のフランス北部(~ベルギー)もしくは南部の田園風景を戦後書き落としたという説と、まったく違って、海の情景を田園に移し替えて書いたものであるという説(これは弟子コンスタン・ランバートが同曲にドビュッシーからの無意識の引用があると指摘して作曲家を震撼させたという話に起因した迷信のようにおもうが)があったように記憶している。ボールト盤は重々しくも神秘的な外洋の雄大な風景にぴたりとあっていたが、この演奏は温かみある明るい田園そのもののように思う。○。
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☆ヴォーン・ウィリアムズ:6つの合唱曲~戦時に歌う歌

2017年03月25日 | ヴォーン・ウィリアムズ
○ヒコックス指揮LSO、合唱団(chandos)初録音・CD

シェリーの詩に基づき第二次世界大戦初期の頃に書かれたもの。手慣れた手腕の発揮された輝かしい合唱曲だが個性や新味は薄く、RVW自身の初期の曲に近い雰囲気がある。内容的に現代からは何とも言い難いものがあり、ヴォーン・ウィリアムズが戦争に対峙したときに、従軍経験や同志の悲劇をへて一筋縄ではいかない思いがあったろうに、何故か単純な音楽で表現する方向を選んでいる、その一つのあらわれのように思える。悲劇から歓喜へというようなベートーヴェン的な構成に何か納得いかないものを感じるが、最後二曲は美しい。ヒコックスの演奏は迫力がある。
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☆ラヴェル:ツィガーヌ

2017年03月24日 | ラヴェル
◎ジュイユ(Vn)ロジェ(PL)(ACCORD)CD

同盤に併録されているアンサンブルのヴァイオリニストとはやはり違う高みにあることを感じさせるシャンタル・ジュイユ、ソリストというのは選ばれた人種である。この曲はまったく不安はない。この人は冷え冷えした現代的な作品もしくは東欧北欧的な作品に向くと思う。パスカル・ロジェはまったく危なげなくチェンバロふうの音を振りまく。きらきらしたピアノ・リュテアルが実に民族的で、バルトークらの音楽と接近していることを感じさせるが、そこにラヴェル特有の古雅で異界的な音響世界が展開され、民族音楽との交錯がくらくらとさせる。演奏設計が素晴らしく、このなかなか充実した演奏に出くわさない曲の、ボレロ的な一直線な駆け上がりを完璧に表現している。もっと熱してもいい曲だがスタジオ録音ではこれで十分だろう。十分に抽象的でもあり、◎にするに躊躇は無い。女流ヴァイオリニストにピアノ・リュテアルと原作に忠実な編成で模範たる名演。超絶技巧がそうは聴こえないところが凄い。
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☆シェバーリン:マヤコフスキーの詩「ウラジミール・イリーチ・レーニン」による劇的交響曲

2017年03月24日 | ロシア・ソヴィエト
○ガウク指揮ソヴィエト国立放送交響楽団他(OLYMPIA)1960・CD

録音状態はモノラルだが良好。ガウクにしては最上のたぐいだろう。曲はレーニン賛歌で特に意識して歌詞を聞く必要はないというか、聞かないほうがいい。音楽の本質を捉えるのにしばしば歌詞は邪魔である。曲的にはほんとに劇的って感じ。ブラスが吼えまくりチャイコフスキー的な盛り上がりやミャスコフスキー的な感情の揺れをわかりやすく聞かせてくれる。派手だし、比較的短いのも聞きやすさを助長している。これまたプロレタリアート賛歌な歌唱が入ってくると結構マーラーの千人を思わせる雰囲気が漂う。壮大でかつ神秘、というと誉めすぎ以外の何物でもないが、確かに聞かせる技は持っている。総じて技巧に優れたロシア音楽の優等生、という感じ。モダンな時代の人だから19世紀民族主義物が苦手なクチでも聞けると思う。もっともショスタコ中期も受け付けない人には無理だが。○。ガウクいいですよ。
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☆ホルスト:日本組曲

2017年03月24日 | イギリス
○ボールト指揮LSO(lyrita)CD

有名な珍曲で以前書いたおぼえがあるのだが消えているようなので再掲。ボールトの指揮はホール残響のせいで細部がわかりにくくなっているものの、客観性が勝っており、しかし精度的にはボールトなりのアバウトさが感じられる。曲はまさに「オーケストレイテッド民謡」で、ドビュッシー後のイギリスの近代作曲家たちが自国内の民謡旋律に施したオーケストレーションを、単純に日本の民謡に対して施した6曲からなる組曲。だから旋律は完全に日本の馴染み深い民謡からとられているものの、ハーモニーは西欧の語法によっており、そこに歩み寄りやどちらかへの傾倒はみられない。変な作為がないだけ違和感も薄いが、それでも「ねんねんころりや」などが出てくるとむずがゆい。「まんが日本むかし話」とか、そのへんのBGMを想起するが、これはつまり「日本の国民楽派」がやっていたものと同じ路線であること、NHKのドキュメンタリーや時代劇で慣れっこになった「音世界」を先駆けたものであるせいが大きい。リズム的には西欧のものが使われるので、「水戸黄門」にみられるエンヤコラドッコイショ的な感覚は皆無である。オーケストレーションはおおむねわかりやすい。RVWのあけっぴろげな民謡編曲にかなり近いが、「惑星」を思わせる楽器の組み合わせが時折耳新しい。演奏的にそれほど惹かれなかったが、曲の希少価値を買って○。
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☆シベリウス:弦楽四重奏曲「親愛な声」

2017年03月23日 | シベリウス
○ボロディン四重奏団(MELODIYA)LP

かなりテンポの揺らしが大きく、独特の安定したすべらかな音色にも柔らかい抒情が載って、技術的にも読み的にも高度であるからこそ隙がないぶん醒めて感情的には聞こえないのだが、奏者側には精緻に揃えた起伏により聴衆に感傷をいだかせようという意図が感じられる。それを中途半端と感じてしまったのは個人的な好みによるかもしれないが古いとはいえここまでレベルの高い団体がこの曲に取り組んだ成果という価値はあるだろう。○。モノラル。
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☆ショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」(1941)

2017年03月23日 | Weblog
○トスカニーニ指揮NBC交響楽団(RCA)1942/7/19live・CD

これは歴史的ドキュメントである。レニングラードからマイクロフィルムで届けられた総譜を使用してソヴィエト国外初演が行われた、そのものの記録なのだから。録音状態は悪い。かなり耳につくノイズが入る所もある。また即物的で情緒的なものが薄い演奏であることも(トスカニーニだから仕方ないのだが)気になる。しかし、まず手探りであること、当時の現代音楽であり、演奏に万全の準備もできなかったであろうことを勘案すれば、その価値を認めないわけにはいかない。純粋に演奏だけを聴くならば それほど高い評価を与えられないものかもしれないが、歴史的価値を汲んで○評価をつけておく。終演後はさすがにブラヴォーの嵐。演奏中トスカニーニの唸り声(鼻歌?)が聞こえる部分があるので傾聴。
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☆ミヨー:弦楽四重奏曲第1番

2017年03月23日 | フランス
◎ペーターゼン四重奏団(capriccio)CD

これは快演。鋭い表現で同曲の叙情性よりも前衛性を抉り出し、高い技術をもって完璧に再現してみせている。メロディ重視を公言していたミヨーの魅力は叙情的な部分に尽きる、とは思うのだが、ここまでメカにてっしてスピード感溢れる音楽を演じてみせてくれると、こういう聴き方もできるのだなあ、と曲自体の評価も変わってくる。線的な書法で楽器同士の絡みが弱いミヨー初期カルテットではあるが、ここではそういう弱みもまったく気にならない、1番の演奏としては第一に推せる。
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☆フランセ:友パパゲーノを称えて

2017年03月22日 | フランス
○作曲家(P)マインツ管楽アンサンブル(wergo)1987/1

クラシック作曲家の伝統芸といってもいいパロディ作品で、フランセはラヴェル以上にこういったものを好んだようだ。確かにモーツァルトのメロディなのにハーモニーや挿句がモダンな感傷や殆どジャズのような刹那的快楽を持ち込み、それを流石技巧派フランセの冷たいピアニズムが、気取ったさまで「どうだ」とニヤリと笑ってみせる。くるくる次々とあらわれる主題が基本ピアノで、更にアンサンブルの職人的な手による組み合わせから息をもつかせぬ隙の無い書法に昇華されているさまは、そんな言辞が野暮に思えるほど楽しい。フランセの後期作品はピンとこないものも多いが、冒頭から旋律の魅力が美しく新しく引き立てられているから、個性的かどうかは別として、聴き易い。まあ、フランセのピアノが魅力の8割を占めているかも。○。
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☆リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」

2017年03月22日 | ドイツ・オーストリア
○オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団(SCORA)1958/5/27モスクワlive・CD

オケの力量を見せ付けるためだけの曲ドン・ファン。そしてここでもまさに西側最高の威力と言われるオケがどこまでできるのかが、これでもかと示されている。細くてまとまりにくい技巧的フレーズすら全てきちんとザッツが揃っている。それだけでも奇跡的なのだが、とにかく変に娯楽的でも妙にしかめっつらでもなく、かなり純音楽的な感興をあたえるのが面白い。勿論実演は娯楽的だったかもしれないが、好悪はあるだろうけど、オーマンディがモスクワでとっているスタンスを象徴しているなあと思った。好演。
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☆ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第1番

2017年03月22日 | ショスタコーヴィチ
◯ヨーク四重奏団(royale)1940?・SP

やや生硬だが実直な足取り、ショスタコーヴィチらしさと言うべき不協和音のひときわ際立つように中低音の強調された響きや独特の表現の面白さには惹かれる。二楽章の主題のベートーヴェンのような雄渾な出だし、音の切り方には驚いた。ファーストの線が細く縮緬ヴィヴラートの古風さとややもすれば幼く何の色も付いていない表現とのマッチングが面白い。旋律的ゆえに、ファースト偏重で押し通すやり方がショスタコーヴィチらしくも感じられ聴きやすい曲だけれども、これは結果的には裏が引き立つ立体的な演奏となって、アンサンブルとして楽しめる。逆にスケルツォの鋭さ、激しさが余り無く(スタッカートが甘くなる箇所はいくつかあるがこれは解釈か)、中間部のワルツも実直過ぎでコントラストがはっきりしない、しかし部分的に自由にやっているふうのテンポのところもあり、同じような調子は四楽章にも引き継がれるから、解釈ではあるのだろう。音程が狂う箇所は全楽章では取り敢えず三箇所確認できたが目をつぶる。四楽章展開部あたりからの勢いとソリスティックな表現はちょっと独特の楽しさがある。ライブ感がある。全般、上手くはないが面白い。ファーストチョイスには向かないが、余裕綽々の一番に飽きたらこれもまたよし。◯。ニューヨーク四重奏団とは違います。けしてヘタでもないですよ。個性です。自由です。アメリカですから。袋に1941年2月13日以降3回の年月日押印があるが、どこかの資料館の貸出記録のようなのでその直前くらいの録音か。私の盤は綺麗だが音は悪い。
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ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲第8番

2017年03月22日 | Weblog
ロジェストヴェンスキー指揮ソヴィエト国立文科省交響楽団(melodiya)live・CD

スピーディーでさっさと進み即物的傾向を示す。アンサンブルは緩く音響は派手で起伏の伏に欠け憂いがない。ヴォーン・ウィリアムズの晩年作品でもともと耳やかましい響きを孕んでおり(難聴を患う身ですべて自分で確かめて作れた作品なのかどうかわからないが)それは指揮者の責任ではないかもしれない。ニ楽章などリズミカルな表現に利を感じるし、弦楽合奏による三楽章はしめやかではあるが、あまり良くない録音のせいだろうか、まだ押しが強過ぎると感じるところもある。もっとも、ヴォーン・ウィリアムズらしさの点では最もしっくりくるし、さらにオケの技巧的メリットを誇示する楽章にはなっていると思う。盛大なフィナーレである四楽章の重さは好き嫌いがあると思う。低音打楽器を鳴らしまくりテンポは遅く前に向かわず、どんくさいと感じもするものの、交響曲のフィナーレとしては構成的にバランスが取れている。楽章内の構成はあの映画音楽的な美しさを際立たせるようなものではなく、あくまでスコアをドイツ風の音響的に整えメトロノーム的に追っている感。この曲の軽快なイメージとは違うが、ひとつの見識ではあろう。
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