20世紀ウラ・クラシック!<最新版>

このページは、19世紀末から20世紀の末流ロマン派クラシック音楽に焦点を当て、同時代の録音評を中心に紹介しています。

グリエール:交響曲第3番「イリヤ・ムーロメッツ」(短縮版)

2017年06月23日 | Weblog
ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(victor/andante他)1940/3/27・CD

ストコフスキーは作曲家本人了承済の短縮版を使用していたが大曲志向のストコフスキー、せめて構成的に偉大な盛り上がりを作る終楽章くらい切らないで原典でやってほしかった。表題交響曲ではあるが世紀末爛熟交響曲としてはスクリアビンの跡を継ぐ(二楽章が露骨な)作風であり、しつこいくらい繰り返されるモチーフのカッコよさ、噎せ返るような総合的な響きはせっかくフィラデルフィア管弦楽団なことだし、とくに妖しい色彩をはらむ二楽章は新しい音で聞きたいもので、想像力をもって補わなければならない戦前戦中録音だと辛いところもある。それでも同曲をこのんで録音したストコフスキーのSPの中でも新しい方で、グラズノフ流の三楽章の素直な力強さはこのオケの弦楽器の骨頂をみせているのが(まあまあ)聴き取れる。ノイジーだが音そのものはクリアはクリアなのだ。音に少しキレがなくなってきているのは、トスカニーニにも似たイケイケスタイルだったのが独自のぼわっとしたボリュームに特化した音表現に変わりつつあることを示している。テンポ的にはまだ押せ押せではあり、迫力はある。四楽章はもういきなり暗闇から焦燥感が飛び出し、切り詰められたドラマが音色変化の鮮やかさやリズム処理の常套的だが効果的なさまを次々ハイハイと提示してくる。長々しく楽しめる版ではないので、耳を峙てできるだけノイズ除去しリバーブをかけてしっかり聴いてほしいところである。モチーフをくっきり浮き立たせ、回想的フレーズを織り交ぜつつ壮麗な響きを背景にチャイコフスキーふうの構造を盛り込んだドラマをこれでもかと積み上げてから、各楽章にあらわれる主題の明確な回想を走馬灯のように流しつつ退嬰的に終わる。後半はいいのだが前半端折ってしまうのが、どうにもこの版のいただけないところだが、グラズノフ&チャイコフスキーという終わり方は好きな人はとても好きだと思うし、そのように切り詰めた版として全曲版より好む人もいるだろう。

(後補)CD化していた。音質もかなり良いとのこと。以下過去記事(2004年以前、andante盤評)より改めて転載します。

ストコフスキ/フィラデルフィアの録音は戦前戦中の時代にしては驚異的な良い音で残されている。この録音も古さは感じるものの聴くのにとりたてて支障はない。また、短縮版とはいえ46分を要しており、十分な聞きごたえだ。3楽章がちょっと短い感じはするが、長い曲が苦手な人にはオススメではある。この曲を駄作と断じる人もいるようだが、帝政ロシア末期という爛熟した時代の産んだ最大の記念碑的作品であり、グラズノフのつたえた伝統をしっかり受け継いだ作品としても重要である。そんなにしゃっちょこばらなくても、多彩で美しい旋律だけを追っていても十分に楽しめよう。晦渋さは無いとは言わないが殆ど気にならない。旋律の流れは分厚い音響に埋もれることなくきちんと自己主張している。この演奏はそのあたりの配慮が行き届いているので、「ロシア物?チャイコフスキーくらいしか知らないよ」という面々にも理解しやすく出来ていると思う。ストコフスキの面目躍如、颯爽と、さわやかに、ロシアの昔話を語ってみせたかれの非凡さに打たれた。なんだかんだ言っても録音が古いので、○ひとつとしておく。それにしてもああ、何て面白い曲なんだろう。
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