20世紀ウラ・クラシック!<最新版>

このページは、19世紀末から20世紀の末流ロマン派クラシック音楽に焦点を当て、同時代の録音評を中心に紹介しています。

☆ドヴォルザーク:交響曲第7番

2017年05月16日 | Weblog
※2004年以前の記事です

◎クーベリック指揮ベルリン・フィル(DG)初出1971/バイエルン放送交響楽団(FIRST CLASSICS)?・CD

クーベリックはじつにニュアンス深くこの重厚な交響曲を演じ上げている。その場その場の表情付けがじつに感傷的にひびき、悲劇的な曲想を盛り上げる。この交響曲、ブラ3などにそっくりと言われるが、私にはどこがそっくりなのかわからない。ブラームスの描く純音楽的世界とドヴォルザークの描く劇的世界は(些末な技術面はともかく)根本が違っている。私はじつは前からバイエルンの演奏しか聴いておらず、こんかい廉価のベルリン盤を入手して聴いてみたのだが、もちろん共通するものはあるにせよ、それぞれの魅力というものがあり、それぞれに楽しめる。重々しく引きずるように始まるベルリン盤は弦楽器がばらける寸前までおおいに歌っており、毒々しいほどにポルタメントしており、クーベリック独特の自在なルバートにぎりぎりつけていっている。その危なっかしさが逆にライヴ的な魅力となっている。対してバイエルン盤は(いつもそうだが)クーベリックの内面により肉薄しているというか、ベルリン盤にやや感じられる作為が表現にきちんと昇華され、すべての解釈を呑み込んで極めて情熱的に歌い上げられており、演奏的には上に置けるかもしれない。だがまあ、ベルリンの音の艶も捨て難い。この、ひょっとするとドヴォルザークが唯一書いた真摯な交響曲、とくに2楽章のさみしさ、あたたかさにはどんな演奏でも心打たれるものだが、クーベリックほどそれを理解し、普遍的な美感をもつ演奏を行った指揮者はいないかもしれない。2楽章から3楽章への流れも見事で、とおく消え去るような曲想のあとにひそやかに始められるリズミカルな音形は自然だ。クーベリックはかなり露骨に力強くこの暗い舞曲を繰り広げてゆく。次々と曲想が変わる場面では繊細な音響操作を行い手を抜かない。暗いフィナーレは私はバイエルンのほうが好みだ。ベルリンは総体の響きで聞かせるが、単線的に聞かせるバイエルンのほうが聴き易くてしっくりくるのだ。でも解釈に差はなく、録音状態も違うのでうかつに上下の判断はできないが、このブラームス譲りの古典的構築性をもった楽章、どちらの録音においても構築感を損なうほどにこまかなテンポ操作が行われていて面白い。もっとこの曲の対位的な構造をあきらかにしてほしいという意見もあろうが、これはこういう演奏なのだから仕方ない。壮麗というより豪勢に曲は終端する。。。

ドヴォルザークの「かくれ名曲」、まずはドラマティックなクーベリックで如何。
ジャンル:
ウェブログ
Comment   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ☆ボロディン:歌劇「イーゴリ... | TOP | ☆マーラー:交響曲第6番「悲... »

post a comment


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

Related Topics

Trackback

Trackback  Ping-URL