20世紀ウラ・クラシック!<最新版>

このページは、19世紀末から20世紀の末流ロマン派クラシック音楽に焦点を当て、同時代の録音評を中心に紹介しています。

☆プロコフィエフ:バレエ音楽「ロメオとジュリエット」第二組曲

2017年07月12日 | プロコフィエフ
○ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(MELODIYA他)1982/11/6・CD

やはりオケの統制という意味ではピークを越したあとの感は否めないがそこが野卑たロシア風味をかもし、別の面白みで聞ける演奏である。いきなり乾いた不協和音から急くようなテンポの「モンターニュ家とキャプレット家」騎士の踊りがキッチュにすら思え、また客観性が先立っているのにオケはどぎつい音をぶっ放しとなかなかに「スリリング」ではある。トスカニーニ的手法によって考える隙をあたえない感じはこの「読み込んでいってしまうと果てしなく理知的に組み上げられた構造のマニアックな穴に落ちて音そのものを愉しめなくなってしまう曲」にとってはいい方向に働いていると思う。オケの過度な思い入れが弛緩の方向に働かないようにつとめるのはもともと上演バレエ用に作られた素材であることを考えると正しい。まあ、ムラヴィンはプロコと交友こそあれ嫌いだったというけれども、これはけっこうプロコをきちんとやっている。「スピード」そしてリズムだ。踊れると思う。オケはブラスのぶっ放し方もいいが、なかなかに弦楽器が凄みがある。プロコの弦楽器は酷使上等だがきちんと弾けて無いとチャイコ以上にその細密な作曲の手腕(とアイロニー・・・このプラスアルファを付けられるかどうかで凡才と天才の差が出るのだ)の凄みが聞き取れないからタチが悪く、この曲くらいなら皆識っているので大した問題にはならなかろうが、長大なオペラなんかになってくるとけっこうだらしない演奏だと殆どオケなんて聞いてられなくなったりするわけで。しかし最後まで力感は凄いが、醒めてるよなあ・・・ショスタコみたいだ。この組曲にも素材としてストラヴィンスキーや果てはサティの器械リズムまで聞き取れたりするのだが(ワグナーとかそのへんになると他の作曲家もよくやってるのだが同時代から引いてくるところがこの人のあっけらかんとしたいいところだ)、ムラヴィンがロマンティックな意味での色をつけないために原素材の音楽が剥き出しで聞こえてくるところが面白かったりもする。○。

※2007/9/23の記事です
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