20世紀ウラ・クラシック!<最新版>

このページは、19世紀末から20世紀の末流ロマン派クラシック音楽に焦点を当て、同時代の録音評を中心に紹介しています。

幕間のDVDをみました

2007年02月24日 | Weblog
また携帯からなんですが、、シネマティーク・フランスとフランス・パテ社の編集版がa nous la LiberteのDVDのオマケについておりまして、こちらはどうやら1968年音楽付き編集版のようです。ようつべの傾向からして安易にこれをアップしたやつがいたようですね。パテに訴えられますよ、編集版ですから。

サイレント映画の常として原盤フィルムがなく原型がわからなくなっていて、編集版も掻き集めてまとめたようです。音盤のSP同様、残ったコピーフィルムにより微妙にカッティングの違いがあり、画面の大きさもちがうようなんですが(カワキタまで行って調べる元気なし)、ビデオ版は何かしら原型に近いフィルムを使用しているようで、画質の悪さもはなはだしく(編集版はDVD化にあたりさらにリマスタリングをかけて異様にクリアですが、これはこれでサイレント映画の形としてはどうなんだろう)、わかりにくいところがよく確認できました。ソゲはサティのスコアを再構成しているような気がする。目下サラベールが版元となっている2手版(これでは打楽器要素などが殆どわからない)とミヨーによる4手版(ミヨーらしくサティに忠実であれとしているがやはり管弦楽とは違う)のピアノ原譜しか正規販売されていない(後者は絶版かも)ので、管弦楽の詳細にかんしてオリジナルがどうだったのかよくわかりませんが。マリウス・コンスタンあたりの録音も出ているので恐らく現存はしているのでしょう。オリジナルかどうかはわかりませんが。

現役DVDなので敢えて細かくは書きませんが、最後のオリジナルは頭を蹴るほうではなく、破れたFIN紙とパリの屋上風景をバックに指を揺らしてまだ終わらないよーとにやつく主人公(こいつの顔ムカつく~!)めがけ突然カメラ裏から紳士が詰め寄り観客にアピールして抗議、でブラックアウト(秋山邦晴「エリック・サティ覚え書」では主人公がすべてを消してFINにして、更にそのFINからすら飛び出そうとするところを、”マネージャーらしき男がでてきて、まだ終わりじゃない。終わりじゃないと、あわてて、それを制しようとする。この映画の終りは、幕間の終わりではあっても、<本日休演>全体のおわりではないからだ”とされている)・・・

なんやこらただのコントやないかと観客激怒でしてやったりのクレールとピカビア、が正しいようです。編集版はいくらなんでも作品としてこれゃあかんだろとカットし、単純に寝た主人公?の頭を足が蹴るシーンをおそらく後付けし、逆回しでFINで締めクレジットを出したようです。ピカビアとサティと後日のクレールのメモ、あとクレールの回想についてはまたいつか。なにしろサティ関連の日本語書籍はまとめてしまってしまったもので、和訳はめんどくさいし。。それにしてもサティはまじめだ。。凄いまじめな作品だ。だからこそダダになったのか。サティはやはり骨と皮の作品をつけていて、単純ゆえに美しすぎる。あるいはソゲは美しくまとめすぎ、と言ったほうがいいかな。サティの音楽、やはり少し最先端からずれてはきていたようにも見えるなあ、なんとなく。ダダあるいは町の発明家の方向にいくしかなかったのか。「パリを爆破する本物のダダイスト」らの目論見はサティにとっては「仕事」にすぎなかったのかもしれない、と思った。本日休演はサティがピカビアにもちかけた話だとされている。筋金入りのダダイストはサティのほうであるとする話さえ書かれる。私怨と攻撃がサティの原動力とするのが通説である。裏付ける証言さえある(エヴァリングの回想)。しかし、じつのところ晩年のサティには金と体力が必要だった。収入をもたらす作曲は「完璧主義者」サティには既に重労働であったのだが。


***

以下資料をつけようと思ったらちょっとトラブル発生。またいつか。

「実のところここで撮影されているのは「幕間」ではなく、開幕時に上映されるバレエの「プロローグ」なのであり(註:1968年版にはその旨クレジットも付けられている)、そこにはサティとピカビアが大砲に砲弾を装填して観客に向かって発射する姿が見られる。これはフランスの演劇の方法にしたがって、「床板を3度打って」開演を告げる方法のまったく独自のやり方なのだ(註:「本日休演」自体がシャンゼリゼ劇場のバレエのあり方をまったく馬鹿にしたものであり、実際にはディーアギレフの後を継いだスウェーデンバレエ団最後の演目ともなった)。この「プロローグ」は、動いているサティが見られる唯一の映像記録である。」

「幕間では軍人墓地の一つのイメージが示される。ピカビアがサティのそれと一緒にイニシャルで飾るよう指示したものだ(註:実際には駱駝の霊柩車の脇に飾り文字で描かれる)。いまやそのイメージどおりになってしまった」クレール

「いつになったらすべてを説明するという習慣をやめるのでしょうかね」ピカビアがサティの追悼に描いた肖像画より

:「エリック・サティ展2000」図録他より



参考・画像引用:「エリック・サティ展2000」図録よりサティ所蔵の幕間撮影風景
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