20世紀ウラ・クラシック!<最新版>

このページは、19世紀末から20世紀の末流ロマン派クラシック音楽に焦点を当て、同時代の録音評を中心に紹介しています。

☆ショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」(1941)

2016年11月05日 | Weblog
○エリアスベルク指揮国立レニングラード・フィル交響楽団(great musicians of palmira du nord)1964/1/27live・CD

レニングラード初演指揮者による録音。ドイツ軍包囲下にあって生き残りの楽団員を集めて行われた1942年8月9日の演奏会は伝説となっている。このあたりのことは「ショスタコーヴィチ ある生涯」にちらっと載っていますのでご興味があれば。これはライヴなので若干の瑕疵はある。たとえば1楽章の時点ではいくぶんアバウトなところもあり、いまひとつピンとこないかもしれない(録音も悪いし)。だが強奏部の力感は圧倒的だ。1楽章の最高点ならびに終楽章最後の威厳に満ちた強大な音楽は、もうただただ聞き込むしかない。余りテンポのタメを作らず高速で一直線に進めていくやり方はちょっとムラヴィンスキーに似たところがあるが、もっと太筆描きの豪放さがある。また、抒情味溢れる楽曲の細部までしっかり弾かせており、途切れる事のない歌にはっと気付かされるところもある。とにかく率直な解釈で純粋に曲のダイナミズムを追い求める態度は共感できる。ただ、率直とはいいながらも、3楽章・・・おそらくこの楽章に関してはこれは最高の演奏記録だ・・・には楽団員から指揮者まで思い入れの限りが尽くされており、エリヤスベルグの気合いや鼻歌が聞こえ出したらもう背筋がぞくっとするような衝撃の連続である。ここまで峻厳な3楽章、それは死に対する諦念ではなく、あくまで生きることへの渇望からくる力強い衝動であり、その迫真性はちょっと現代の指揮者にはなしえないものを感じる。巧い下手ではなく、これは時代のなせるわざであり、その時代の記憶である。ソヴィエト・ロシアに知られざる指揮者というのは数多いが、この指揮者もナゾといえばナゾであるし、もっと音源が発掘されないものか、と思う。,
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