20世紀ウラ・クラシック!<最新版>

このページは、19世紀末から20世紀の末流ロマン派クラシック音楽に焦点を当て、同時代の録音評を中心に紹介しています。

ブルックナー:交響曲第9番(原典版)

2016年10月15日 | Weblog

バルビローリ指揮ハレ管弦楽団+BBC北交響楽団(PASC)1961/12/14放送live

バルビローリにはやっぱりブルックナーは合わなかった。pristineが貧弱な音源から何とかレストアして残響付けてここまで持ってきたものの、大元の情報量の少なさ、不安定さ、バランス悪さはいかんともし難かった、という感じで、それを念頭に置いたうえでもブルックナーらしさの希薄さ、上っ面を撫でたような解釈ぶり(?)にはがっかりしてしまった。ブルックナーの交響曲としては特異なほど主情的な作品だからバルビローリ流の情緒的表現と合うかと思いきや、構成感や拍節感の不足、音響バランスへの配慮のなさはそもそもブルックナーの根幹をなす部分を損なうもので、合体オケも分厚いだけでとくに弦楽器の非力さが全体の凝縮力を削いでいる。頭の音の出し方がガーンではなくズヮーンとなるのもどうにもしまらない。妙に音量の強弱が強調されているのはおそらくレストアでの操作だとおもわれるがこれもいらない。バルビローリ中期の覇気に満ちたトスカニーニ的な表現と後期の大波のうねるような「バルビローリ的な表現」がアンバランスに混ざり合いどっちつかずとなった感も。バルビローリはブルックナーをあまりやっておらず、古い時期に一回録音をし、新しい時期にライヴ録音をいくつか残しており、後者はCD復刻されている。どれも正直そそられない。9番はすでに66年のハレ管単独ライヴとベルリン・フィルライヴが出ており以前書いた。3楽章のマーラー9番へのエコーを逆にマーラー風に聴かせているところこそ、この人のブルックナー観を象徴しているな、とも思った。直後にバルビローリのマーラーを聴いてみて、この人はやはり歌謡性を大事にしており、構造的なことにはそれほど配慮していなかったんだな、と思った。しょうじき、マーラーは素晴らしかった。
ジャンル:
ウェブログ
Comment   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ☆ヴォーン・ウィリアムズ:交... | TOP | ☆サティ:ヴェクサシオン(抜... »

post a comment


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

Related Topics

Trackback

Trackback  Ping-URL