20世紀ウラ・クラシック!<最新版>

このページは、19世紀末から20世紀の末流ロマン派クラシック音楽に焦点を当て、同時代の録音評を中心に紹介しています。

☆ミャスコフスキー:交響曲第27番(1949ー50)

2016年11月02日 | Weblog
○ガウク指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(MELODIYA)LP

ミャスコフスキーの白鳥の歌、雄渾に簡潔に綴られていくロシア民衆歌の連環。ガウクのメロディヤ録音の常としてブラスや打楽器が大きく弦、木管とのバランスに欠けているが、想像力をもって聴いてみると、雄渾というより非常に悲壮感のある音楽であることに気が付く。私はスヴェトラーノフ盤の印象しかなかったもので、このような、ラフマニノフを演奏するようにロマンティックでドラマティックな味付けがなされていると、あまりの印象の違いにびっくりしてしまう。ブラスが咆哮すると他の楽器が聞こえなくなるなど録音上の煩わしさはあるが、木管ソロが緩徐主題をひたすら歌う場面など、死を前にしてもなお憧れをもった作曲家の切ない思いが伝わってきて、じーんときてしまう。この曲は殊のほかメロディが美しく(いささかチャイコフスキー的ではあるが)、きちんとした構成感の中に常套的に配置された各主題はどれもロシア民族主義交響曲の最後を飾るのにふさわしい力のあるメロディであり、曲のわかりやすさに拍車をかけている。2楽章の哀しい歌が何といっても聞き物だが、終楽章も特徴的である。1楽章の闘争の主題が出てきて拮抗する場面から、断片的な他楽章の主題が織り交ざり、そこに唐突にファンファーレがひびき他の闘争や追憶の主題がかき消されて簡潔な結部にいたる。非常に合理的な流れだが、この演奏ではテンポルバートをかけ大袈裟な表情付けが付けられているがゆえに逆に、「偽りの勝利」というか諧謔的な印象が残る。スヴェトラーノフのように客観的に表現すると、あまりにわかりやすすぎるベートーヴェン的勝利を感じさせるが、ここではむしろ各楽章の美しくも哀しい緩徐主題の情緒が大きな震幅をもって表現されているがゆえに、それら緩徐主題を押し退けてやってくる軍隊調のファンファーレがいかにも赤軍の侵攻を示すかのようなあつかましさを持っているように聞こえる。寧ろこのほうが正しいのかもしれない。この演奏ではスヴェトラーノフと比べ物にならないほどテンポや表情の変化が付けられているので、スヴェトラーノフのように小さくまとまるのではなく、きちんとロシア大交響曲の流れを汲んだスケール感のある演奏になっているのがポイント。最後に、1楽章第二主題が終楽章で再現されるところで、あ、と思った。映画「ハリー・ポッター」シリーズで繰り返し流されるメロディによく似ている!ハリー・ポッターにミャスの影響が?などと馬鹿な事を言ってしまうのでした(まあ親友プロコフィエフの作品はよく剽窃されているが)。録音がいかんせん悪いのが玉に傷だが、初演者の確信に満ちた(若干おおざっぱだが)演奏として評価しておきたい。○。編集痕がやや気になる。とくにA,B面の最後が残響を残さずぶちっと切れるところはさすが鷹揚なロシア式と皮肉ってしまいたくなる。,
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