Kanako days

日々の思い・・・from Kanako

いなくてもいいのかもしれない

2011年01月06日 | おもったこと
今のツレと一緒に暮らし始めてもう10年になる。いろんなことがあったが・・・今になって

「一人で暮らしているほうがいいのでは?」

と思うこと屡々。

ツレの鬱は酷くなることがよくあり、ある程度回復するか、酷くなっているかという状態を繰り返すのだが・・・酷くなっている時は、破壊的・暴力的になる。

そして、口にするのは破滅的・自己否定的な言葉ばかり・・・

疲れた。

こんな暮らしに、疲れてしまった。

どこか、誰にもわからないようなところで、一人でひっそりと暮らしていきたい、そして、誰にも看取られることなく、死にたい。

そんなことばかりが頭をぐるぐると回り続ける。

私にまで、破滅的・自己否定的な気分が及んでくる。一緒にいても、お互い、いい影響をもたらすことはないのではと思ってしまう。

もう、いいよね・・・そろそろ終わりにしても。
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とある知事の発言について

2010年12月08日 | おもったこと
まずは、記事の引用から。

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 東京都の石原慎太郎知事は7日、同性愛者について「どこかやっぱり足りない感じがする。遺伝とかのせいでしょう。マイノリティーで気の毒ですよ」と発言した。石原知事は3日にPTA団体から性的な漫画の規制強化を陳情された際、「テレビなんかでも同性愛者の連中が出てきて平気でやるでしょ。日本は野放図になり過ぎている」と述べており、その真意を確認する記者の質問に答えた。

 7日の石原知事は、過去に米・サンフランシスコを視察した際の記憶として、「ゲイのパレードを見ましたけど、見てて本当に気の毒だと思った。男のペア、女のペアあるけど、どこかやっぱり足りない感じがする」と話した。同性愛者のテレビ出演に関しては、「それをことさら売り物にし、ショーアップして、テレビのどうのこうのにするってのは、外国じゃ例がないね」と改めて言及した。

毎日新聞 12月7日(火)23時54分配信
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つくづく、言いたいようにものを言う人だなぁ・・・と。元作家でしかも国会議員でもあった人で、現在は都知事という要職にありながら、全く言葉を選ばずに思ったことを次から次から次へと口にする人と言うのは、もはや「認知症」を発症しているのでは?と疑ってしまいます。

それに、大きな事実誤認まで含まれていて、この発言は私としても看過できません。この人は、海外のテレビ番組をすべて観たとでも言うのでしょうか、そうでなければ「例がない」とは言ってはいけないのではないかと。

それに「どこか足りない」とはどういうことを指しているのか、まるでわかりません。人はすべて「どこか足りないもの」を持っている存在、その「足りない何か」をもとめて道を究めたり、恋愛したりするのであって、その恋愛対象が異性であり同性であり、その本質に何ら変わりはないということを理解していない、きわめて危険な思想だと考えます。

翻って、日本のこれまでの歴史を振り返っても、同性愛を否定したのは西洋からの思想を輸入した明治期以降で、それ以前はおおっぴらに同性愛が行われていた訳ですし、そのことを包み隠すこともなかったのです。明治以降に同性愛を否定したのは「富国強兵」政策により、人口の増加がもとめられたため、結婚・出産が奨励されたのがそもそもでしたし。

今回の知事の発言は、一人の意見として内に秘めておくべきことで、公の場で公人として口にするべきことではありませんし、また、私人として発言したとしてもその内容はきわめて偏った差別的なものであり、糾弾されてしかるべきと考えます。
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お引っ越し

2010年09月12日 | Weblog
会社が、少し離れた新しい建物に移転することになりぼちぼちとその準備が進んでいる。進んでいるのだが・・・肝心の移転の手順などが、大まかに説明されただけで実際にどうなるのか、まるでわからないときている。

まあ、何事も秘密主義、与り知らぬところで動いている会社ではあるので、これがごく普通なのだが・・・はてはて、これでは困るのですね。

こっちはどうしていいかわからない、とにかく、ロッカーの中身をすこしづつ片付けてはいるのですが、私が使っていたロッカーだってかなり年季の入った代物で、正直もうそろそろ「減価償却」なんて状況ではなくなってきているくらいの、ぼろ。で、どうやらこれをまだ使うと言うのだから、恐れ入る。使いたければ使えばいい、まあ、まだ使えるのだからね。

引っ越し先は今までより狭くなる、まあ、3部門あった会社が文字通り3つに分割されて、そのうちのひとつだけが動くので、それでいいのかもしれない、今までのような広さは必要ないと言うことなのだろう。でも、果たしてこれで年末進行のあの喧噪をどうにかできるのだろうか、あの、カオスとしか言いようのない、ともかく人だらけの状況を、どうにかできるのだろうか。

正直、不安だらけ。

まあ、せいぜい仕事のことが夢に出てうなされなくていいように、眠剤飲んで寝ることにする。
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まったく・・・

2010年08月08日 | Weblog
ちょっと目を離すと、すぐに変にこと書いて行く輩がいるので途方に暮れます。ブロック塀の落書きみたいなもんなのかな・・・と思い、時折様子を見てはせっせと消しておりますが、それでもやってくる。

このブログには、コメントを残す際に「数字認証」があり、表示されているランダムでちょっと見づらい英数字を入力しないと反映されないようになっているのですが、それでも書いてあるということは・・・わざわざ手入力しているってこってすかね。

鬱陶しいので、特定の語句が入っているとコメントを拒否するようにしました。これで少しはマシになるかな。

あ、ごく普通にコメントする程度なら、この拒否は働きませんので。かな〜り、直接的な語句だけ、載せときましたんで。

ぼちぼち暑くなってきたな・・・今日も、酷暑になりそうです。
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うむむ・・・

2010年07月08日 | Weblog
7月7日のアクセス数 閲覧数:264PV 訪問者数:22IP

誰だ、こんなに見に来ているのは。

まあ、こんな放置ブログへようこそ、とだけ、御礼申し上げておきますね。

で、こんなワタクシですが、とりあえず今はビアンだったりします。

というか、今の私の状態が「ビアン」というだけ。私自身はどっちでもいいかな・・・というセクシャリティの持ち主。どっちでもいい・・・違うなぁ、どっちでもいいんだけど、面倒なんでどっちもやだ、という感じでしょうか。

今はビアン、というのは、一緒に暮らしている人が女性で、しかもその人はビアンで、私に対して好意を持っているから。私も彼女に対して少なからずの好意はありますが・・・それ、恋愛感情とはちょっと違ったところにあるような、そんな気分なんですね。

正直、感情の起伏が激しく、その日の体調によって気分が大きく変わる彼女と暮らすのは、私にとってはかなりの負担になっている部分もあります。私自身は一人で暮らしてもいいという具合、まあ、好きな人ができれば一緒に暮らすのかもしれませんが、お互いの生活時間がすれ違ってても気にしない、むしろ、単独行動でいたいくらいなんですね。

たとえば、どうしても観たい映画がお互い一致したとします。二人で「あの映画、観たいねぇ」と。たいていの人は時間をやりくりして二人で観に行くでしょう。でも、私はそこまでしたくない。お互いが観られるときに行けばいいんじゃない?という方なんです。これは、たまたま休日が一緒になって、でも、私は寄席を観に行きたい、相手はお芝居がいいというとき、やはり同じように別々の行動をしたがります。

でも、私とともに暮らしている彼女は違うんですね、一緒に観たいらしい。だから、どちらか一方にあわせるとか、万難排して、ということになってしまう。でも、それって私にとってはあまり気分のいいことではないんですよ。我慢したくないから。幸いなことに私の好きな寄席はこの福岡にはありませんし、私はあまり観たい映画というものもない。で、彼女は無職なので私に時間を合わせるのは苦痛でもなんでもなくできてしまう・・・という訳で、私がお休みの日に、彼女が観たい映画を観にいくことが屡々あります。もちろん、私に別の予定が入っている時など、彼女一人で映画に行くこともありますが・・・どうやら、それはつまらないらしい。

なんか理解できないな、その感情。

これが、一緒に暮らす、ということなんでしょうかねぇ。

お互い別個の人間なんだから、別行動で暮らしていてもいいんじゃない?と。

正直、一緒に暮らすのもちょっと・・・と、私。できればスープが冷めない程度の距離は置いておきたい、お互いの家だか部屋だかを持って、プライバシーはまもりたいんですよ。一人の時間というものを、大切にしたい。かっこよく言えばね。実情は自分の部屋で寝っ転がって、夕飯なんて簡単に済ませてしまってのんびり本でも読んでいたい・・・そういうことなんです。観たい映画だってわざわざ映画館まで行かなくても、DVDでもレンタルしてくれば家で気楽に観ていられる、その方がいいんですね。映画だと終わるまで身動き取れないから、とても困る時がある。もちろん、大きなスクリーンで観る価値は認めますが、私はそこに価値を置いていないだけで。

正直、二人で暮らすの、ちょっと疲れました。そろそろ一人になりたいな・・・と。で、また誰かと一緒に暮らすとなったら、男性の方がいいのかもしれません。百歩譲ってまた女性と暮らすにしても、かなり独立心を持った、自立した女性でないとつらいかな、と。
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