森にようこそ・・・シャングリラの森

森に入って、森林浴間をしながら、下草刈りをしていると、自然と一体感が沸いてきます。うぐいすなど小鳥たちと会話が楽しいです

父と娘

2017-04-20 10:14:24 | 老いの森
   父と娘の関係

 一人暮らしの父親が自分の最後の時のことわを考え同じ市に住んでいる長女に電話を掛けた。
「お父さんのこれからのことを相談したいし、是非伝えておきたいことがあるので、近々中に
昼食を取り乍らら会いたい」と長女は「2月は何だか時間が取れそうになく3月でもいいですか」と
それを当然了承して娘からの連絡を待っていた。ちなみに娘はマンションの一室を美容室にして
自分で営んでおり、月曜日が休日というこである。
 父親は、日ごろは食事制限もあって弁当をもって自らの小さな事務所に行っている。そして3月の
月曜日だけ弁当を作らず、娘からの連絡を待っていた。しかし、4月の半ば過ぎても未だ連絡が来ない。
父親は自分からもう一度電話をしようかと思う反面、娘がなぜ連絡を寄越さないのか、いろいろと考えて
そのままにしている。
 父親の考えはこうである、娘は私が大分老いてきたので、最低限でもいいから世話をしてもらえないかと
思っているのではないだろうかと。世間ではよくあるケ-スで特別なことではない。

 さて、父親の気持ちはどうなんだろうか、一人暮らしが困難になってきたら、世話をしてもらいたいとの
思いは当然気持の底にはあるのだけれども、娘に会って話したいことは、そのようなことではなく、独身で
生活している娘に少しでも自分の財産を生前贈与の形にしたい、そして葬儀も密葬でよいし、正式な墓地では
なく、父親が所有している山林に散骨をしてもらいたいことを伝えたい思っている。
ただ、元気な内はいいがもっと弱って一人暮らしが困難になる直前に老人ホ-ムに入りたい、そのため一度失
くしたの資金を得るために73歳になっても自営を止めようとしていない。根が仕事人間であるから、仕方なく
やっているのではなく何か悠々と過ごしている感じである。

 これからどのくらいの時間で娘から父親と会う連絡がくるものか、それとも忘れたふりをして父親から督促を
しなければならないのか。興味半分愁い半部の思いをしているのである。
もっと素直に父親から電話をかければいいよなものなのだが、父親のつまらない意地というものが邪魔をしている
ようである。この意地が父親が長生きできる要素としてプラスに働くか、それともマイナスになるか。
いずれにしても、父親と娘との関係には難しく、一面寂しさを感じる面もあるようだ。
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