森にようこそ・・・シャングリラの森

森に入って、森林浴間をしながら、下草刈りをしていると、自然と一体感が沸いてきます。うぐいすなど小鳥たちと会話が楽しいです

老年期の自覚と自己諷刺の役割

2016-12-20 13:09:49 | 老いの森
  老年期の自覚とその意味
 

  「老年期の危機を克服するのにはまず大切なのは自分が年を取ってきたことをいさぎよく認めることである」と言われます。
  しかたなしに認めるとか、強がりを云ってそれを認めないとかという人が多いのではないか。特に70歳前後になっても
  現役を続けられている方に多く居られるようだ。自分自身がそうだから。

   老年期に自分は突入したという自覚が無いところからは、老年期の意味も考えられません。今までと違った新しい人生を肯定的に
  受け止めて与えられた体力と環境に力強く再出発することが問われています。自分はまだ元気だからと過信してこれまでの生活
  環境のまま過ごすところに大きな危険が待ち構えています。このことは私が71歳の時の体験です。その体験が貴重なものとなり、
  元気な体に復帰することが出来たから良かったのですが、それで命を落としてしまう方も少なくないようです。タイミングと運の
  現れ方にかかってくるように思います。

  老年期を自覚すると、自らの生活態度も見直すこともあり、また老年期の他の方のことも理解できるようになって来ました。
  「老年期は稔の年齢とか人格完成の最終段階に至るこの門を勇敢にくぐり抜ける決心をすべき」と言われています。

  年齢には三通りがあるという「生活年齢」「生理年齢」「心理年齢」でありますが、老人は生活年齢だけに捉われて年寄りぽく
  なることが老年期を自覚することではない。生理的に課題が現れた時には、心理年齢を強く意識して強い心を培う絶好の機会と言えましよう。

 自己諷刺の役割

  日常生活の中で、私達は様々な仮面を身に着け、素顔を覆いかくそうとしている。他人の前で素顔を曝け出すことへの不安や、ありのままの
 姿以上によく見られたいという欲望が、知らず知らずのうちに幾つもの仮面を被らせ、本来の自分を見わせてしまう。ことに年を取るにつれて、
 面目を失うまいとする気持ちはますます強くなる場合が多い。このことについてある識者は次のように言われる。

 「ユ-モアの大切な一つの役割はこうした仮面を剥ぎ取って自分の真相を明らかにすることである。ユ-モラスな出来事は、時としてわれわれが
 無意識のうちに予期しない状況の中で起こり、後生大事に守ってきた仮面を容赦なく剥ぎ取ってしまう。そうすると、身勝手な願望によって描いて
 いた完璧な姿ではなく、かえって人間味のある、ありのままの姿になり、そのほうが本当はずっと魅力的である。
  こうして仮面を外されてはじめて、人間は新しい自己認識が可能になる。仮面をつけたまま暮すことに慣れてしまうと、いつのまにか仮面と
 本来の自分との区別が曖昧になってしまう。そういう自己欺瞞を打ち破ってこそより深い自己洞察が可能になる。
  特にすすめたいのは、自分を外から眺め、自分の欠点や失敗について笑う、自己諷刺能力を身につけることである。自己諷刺は、コンプレックスに
 おちいらないためにも、また人間同士の関係を円滑に保っていくためにも極めて大切である。」

  自己諷刺とはつまり自分を外から眺めてみることであると説いています。これがなかなか難しいことであります。私は、このことを「愛嬌」という
 ことに置き換えて表現するように考えかつ一様の努力をしています。難しいことではありますが、老人と言われる年齢になって、これも一つの目標  
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