森にようこそ・・・シャングリラの森

森に入って、森林浴間をしながら、下草刈りをしていると、自然と一体感が沸いてきます。うぐいすなど小鳥たちと会話が楽しいです

老師と少年の問答(5)

2016-12-31 15:01:20 | 人生の秋

久しぶりの晴天、河川敷に息遣いがある

   漏斗と少年 南 直截著

    第4夜

   少年がやって来たとき、老師は眠っていた。病はまだ癒えていなかった。
   少年は、頬の骨が浮き出し、深い影が宿るようになった老師の顔を見詰めたまま、もうどれほどの時間が経ったのかを忘れていた。
  「友よ、いつ来たのだ゛」
   少しかすれた声とともに、老師の眼は見開かれた。
  「来たばかりです」
  「今夜の君は静かだ。とても」
  「師のお話しを聞きたくて来ました。それだけです」
   少年は少し前かがみになった。
  「師よ、お起きになりますか」
  「いや、このままでよい」
   老師は胸の上に手を組んだ。
  「前の夜、私は君に人間とは避けたもの、欠けたものだと言った。君は何が裂け、欠けるのかと言った」
  「ただ欠けるのだと、師は仰いました。それがぼくにはわからないのです」
   少年の声はささやくように小さいが、強くなった。
  「友よ、つづきの話をしよう。
   殺されるネズミを見て以来、私には、小さいけれどもごまかしようのない不安がとりついた。それは胸の奥の種火のようなもので、何かを
  きっかけにに燃え上がり、私を焼くのだ。それなのに、私にはこの不安の意味が、正体がわからなかった。大人に訊きたくても、何を訊いたら
  いいのかわからなかった。ネズミの話をすれば、早く忘れろと言われる。死ぬとはどういうことかと訊けば、あの世や空の星の話になる」
  「それで気がすめばよいのだろうけれど・・・・」
    そう少年がつぶやくと、老師は微笑んだ。
  「すまないときはどうしょうもないな」
    老師の視線は少年の顔から窓に移った。
  「何かがおかしい。自分は変だ。そう思うことが、年齢とともにますます多く、強くなった。周囲の誰も私のようには考えていないように見える。
   私は自分自身とうまくいかなくなってしまった。
    家族も私の異変に気づき始めた。ちょうどその頃に、私は外に出られなくなった。友よ。君くらいの歳になった時だ」
    少年はかすかにため息を漏らした。
  「大人は毎日とりあえず、忙しそうだった。友達はみな何をともあれ、学園に通っていた。父と母は私をひたすら心配し、嘆いた。医者も呼ばれた。
   しかし、友よ。彼らの中に私の場所はなかった。私は外に出られなかったのではない。外に私の入っていける場所がなかったのだ」
  「その頃の師は、変なのは自分ではなく、ほかの人達だと思っていたのでしよう」
  「そう思いたかった。だが、違う。私はどちらが変なのかわからなかっただ」
  「師よ。ぼく以前、父にこう言われました。 お前のような考え悩むのは苦労がないからだ。楽をして暮しているからだ。飢えや病に苦しむ人達に
   くらべれば、実にくだらない、贅沢な悩みだと。 ぼくはそのとき思いました。このような人たちは何もわかっていない。確かに飢えや病は苦しい
  だろう。しかし、ぼくも苦しいのです。二つの苦しみは比べられないし、比べても意味がない。飢えや病は食べ物と医術で癒されるかもしれないが、
  ぼくの苦しみは何で癒したらよいのでしようか」
  「友よ。そのとおりだ。生きていくことの苦しさと、生きていることの苦しみは違うのだ」
  「では、師よ。ほかの人たちが、父のような人たちが間違っているのではないのすか」
  「私はただ、違うと言っただけだ。違いを知らないことが間違いだと言ったのではない。
   友よ。昔のわたしよりはるかに賢い。何かが正しく、何かが間違っていると考え、正しいことを知ろうとする、だから、見えない。わからない。君が知った
   正しいこと が、全てを隠す」
    ゆっくり廻された灰色の眼が少年の眼を射抜いた。
  「友よ。しばらく聞くのだ」
   ある日、見知らぬ人から私に手紙が届いた。その手紙には、こうあった。
  「あなたの苦しみは多くの人の苦しみなのだ。その苦しみを救う神殿の聖者を訪ねなさい」
    私は驚いた。私の苦しみが多くの苦しみ? そうなのか? ならば、なぜ私の周囲にはそういう人が一人もいないのか?」
少年は思わず笑い出した。
  「そうですよね」
  「そして苦しみを救う人が本当にいるのか、確かめようと思った。だから私は神殿に行った」
    老師の眼は再び宙を見た。
  「人々の長い列が、大きな石の門から外に続いていた。老人もいれば若者もいた。男も女も、石の門から人は入り、左の門から人は出て来た。出て来る人々は、
  ある者は晴れやかに微笑み、ある者は悲しげにうつむき、またある者は険しい顔つきをして、頭を振り振り返って行った」
  「人はみな、師と同じ苦しみを持つ者だったのですか? }
  「わからなかった。私は並んでいる誰とも話をしなかったのだ。聖者に会えれば、それでわかるだろう。私の問いに答えられるなら、同じ問いを持つものも来た
  はずだ。私はそう思った。
   聖者は神殿の奥の台座に座っていた。真っ白な衣に包まれた身には、上から一条の光が降り注いでいた。
   私が前に立つと、彼は手を私のほうに伸ばし、ようやく聞き取れる低い声で言った。。
  「ひざまずけ。礼拝せよ。そして、私の前に座せ」
    私は言われたとおりにした。聖者の口から高い声が響いた。
  「言うがよい」
  「聖者よ。人はなぜ死ぬのか、私とは何か」
  「わからないのか」
  「わからないのです」
  「それはお前が忘れたからだ。お前はそれを知っていた。この世に死のある理由も。お前が誰かと言うことも」
  「忘れた? いつ忘れるのです? 知りもしないのに」
  「お前は生まれる以前にすべてを知っていた。教えられたからだ」
  「誰が? 誰が教えたのです? 」
  「<神>だ」
    聖者は即座に言った。
    聞いていた少年が小さく息を吐いた。
  「私もすぐに問い返した。
  「生まれる前の私とは誰です?」
  「<神>の子だ」
  「えっ?」
  「それが本当のお前だ」
  「しかし・・・」
  「理解できまい」
  「はい」
  「そうだ。これは理解することはない。信じるのだ。理解できないから受け入れられない。<神>はそれを罰する。生きる前に<神>の子であったお前は、
  そうであるにもかかわらず、他の苦しみと同じようように、(神)を受け要れず、その傲慢ゆえに (神)に罰せられたのだ。今のお前 が死の意味を知らず
  真の自己を知らないのは、その罰ゆえなのだ」
   聖者の声は神殿にとどろいた。
  「赦しを請え そして再び仕えよ <神> の手に身を委ねるのだ」
  「師よ、師よ」
    少年は急に大きくなった老師の声に驚いた。
  「友よ。そのとき私は何を感じたと思うか」
  「怒りですか」
  「違う。寂しかった。私には信じることができない。それが寂しかった。
    聖者の教えは美しい。その教えは、神殿の柱のように真直ぐ <神> へと貫かれ、その他に不純なものは何もない」
  「なぜ信じられなかったのです」
  「理解したかったがからだ」
    老師は、誰でも昔を思い出すときそうなるような、おだやかな口調で言った。
  「理解したいと思うことが、傲慢で罰せられるような罪だと断言することのほうが、そのときの私には、もっと傲慢に思えたのだ」
  「師は今でも<神>を信じたいと思っているのですか」
  「それは夢だ。憧れなのだ。だが、私には見つめ続けなければならないものがある」
  「今も」
  「あの時から今まで、そしてこれからも」
    二人はしぱらく言葉を発しなかった。
  「私は<神>の前を去った。最後に聖者は私に言った。
  「永遠の罪人よ」
   私はただ寂しいだけだった」
  「師よ」
  「帰るか」
  「はい」
  「また来るのだ」
    老師は初めて少年にそう言った。


    その夜、少女は扉の陰で二人の会話を聞いていた。
    老師の寝床を直し、灯りを小さくしながら、少女は老師に言った。
  「いまの彼に<神>はいるのでしようか」
  「彼はそれを欲している。一度は見つけた。だが役に立たなかった。だからここへ来る」
  「それは悲しいことですか」
    老師は乾いた声でつぶやいた。
  「ただ単に、仕方のないことだ」
                  次回第5夜につづく        
  
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