森にようこそ・・・シャングリラの森

森に入って、森林浴間をしながら、下草刈りをしていると、自然と一体感が沸いてきます。うぐいすなど小鳥たちと会話が楽しいです

言志四録・・・佐藤一斉(17)  レンギョウが咲きました

2017-05-11 09:28:37 | 生きる


     レンギョウ(連翹)が咲きました。この花は桜と同様に花が先で葉はあとから出てきます。
     札幌では各家庭の垣根として多く植えられています。黄色が鮮やかです


     言志四録(17)

     感応①
 
      天が雨を降らそうとする時には穴の中の蟻がこれを予知したり、野原に霜がおりようとする時には草の
     中の虫がこれを予知したりする。人間の心が物事に感応することのあるのも、これとまったく同一の道理
     である。(116)

     感旺②

      人の心が物に感応することは、あたかも磁石が鉄を吸いつけるのと同じである。「人情というものは、
     これを推測することがむつかしい」といってはいけない。自分の情というものは、他人の情と同じもので
     何らかわりはない。(117)

     感応③
 
      程子は「感・応は相即一理である」(感と応は相関関係にあって、二つのようであるが、結局一つの道理
     に他ならない)といった。応があればそこに感があり、感があれば必ず応があって、感と応とは相即不二の
     関係にある。これが一つの理由である。(118)


      私は相当な年齢になるまで、人と情の感覚が少し違っていると思っていました。人それぞれ性格があり、
     育った環境が違うので、人々の感情はさまざまのように思っていました。
      しかし、上記で言われるように人間の情というものは、それほど違ってなく、ほとんど同じ感情の持ち主
     であることが、解るようになって来た。ただ、人によってその感情の表れ方に少し違いがあったり、表現が
     異なったりする程度だということでしよう。

      相手に応じるということは、人間関係そのものであり、それをどう反応していくかが大切な問題となる。
     人間すべての感情が同じようだとするならば、相手の気持ちも自分の気持ちとして考えれば理解しやすくな
     る。解り切ったことであるけれどもその時の事情だけで言動してしまうこと多にしてあります。この自己の
     感情を制御することができるかが自分の課題と思う。
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