私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『名短篇、ここにあり』

2013-04-03 20:47:57 | NF・エッセイ・詩歌等

本の目利き二人の議論沸騰し、迷い、悩み、選び抜かれたとっておきのお薦め短篇12篇。半村良「となりの宇宙人」、黒井千次「冷たい仕事」、小松左京「むかしばなし」、城山三郎「隠し芸の男」、吉村昭「少女架刑」、吉行淳之介「あしたの夕刊」、山口瞳「穴」、多岐川恭「網」、戸板康二「少年探偵」など、意外な作家の意外な逸品、胸に残る名作をお楽しみ下さい。文庫オリジナル。
北村薫、宮部みゆき 編
出版社:筑摩書房(ちくま文庫)




名短編と呼んでいいのか、判断には迷うが、それなりに質のそろった短編集である。
抜きん出ておもしろいものもないのだが、かと言ってつまらないものもない。安定して楽しめる作品集といったところだろうか。
何より普段読まない作家の作品を知れたのは良い体験だった。


井上靖『考える人』が、本作中では一番良かった。

即身仏に引かれた作家が、それをめぐる旅をするというものである。その過程で、遠い土地で見た即身仏の男の一生に思いを馳せていく。
その展開がなかなかおもしろかった。

作家や友人たちの考えた話が、弘海の人生の真実を突いているかはわからない。
しかしそれが事実かは別としても、修行がつらく、慈善事業に励みながらも、即身仏にならざるをえないプレッシャーの中生きた姿に思いを馳せるところは印象に残った。

何より最後の、主従を済度するどころではなく、木乃伊にならなければ生きられなかった自分について考えざるをえなかった、というところに人間の真実を見る思いがする。
人間はどこまでも弱く、強欲な生き物だ。そして生にすがらざるをえない生き物でもある。
そんな人間の姿が、余韻を残す作品である。


吉村昭『少女架刑』もすばらしい作品だった。

遺体解剖に供出された少女を、死んだ少女の視点から描いた作品である。
何と言っても目を引くのが、遺体がものとして切り刻まれていく姿を懇切丁寧に描いていることだろう。その生々しいまでの解剖の描写はとにかくすごい。

それでいて、どこか透徹した雰囲気があるのも良かった。
主人公の少女は、親からは愛されず、死後も体を切り刻まれているわけで、それは見ようによってはむごいことだ。
しかしそこに悲しみといったものはなく、淡々としているところが心に響いた。
ラストの骨の砕ける音の余韻もすばらしかったと思う。


そのほかの作品もなかなか楽しめる。

半村良『となりの宇宙人』
みんなが宇宙人を受け入れる流れは良かった。
のんびりした展開が笑えるし、雰囲気自体も楽しくてよい。

黒井千次『冷たい仕事』
冷蔵庫の霜取りをする。ただそれだけなのに、変てこな友情っぽくておかしかった。

小松左京『むかしばなし』
「むかしばなし」というタイトルにふさわしい作品。オチは利いている。

城山三郎『隠し芸の男』
哀愁漂う感じがいい。
監査役もなかなか意地が悪いが、たぶん拒絶されたことに対する腹いせもあるのだろう。
そう考えると、人間の感情のもつれやずれが、にじみ出た作品とも感じられた。

戸坂康二『少年探偵』
探偵ものらしく、よく練られた構成で感心する。
伏線を張って名推理を披露するところは単純に上手かった。

松本清張『誤訳』
対談で編者が話していたほど、美しいものとは思えなかった。
世界的な詩人でも奥さんの前では形無し。この状況を言い換えるのならそういうことだろう。
訳者はその点に、詩人としては尊敬しても、人間としても失望したからでは、とも思えた。
その解釈はともあれ、多様な読みが可能な一品。

円地文子『鬼』
円地文子だけあり、六条御息所って感じの話である。
母と子のある種の心のもつれがうかがえるようで、それが心に残った。

評価:★★★(満点は★★★★★)


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