私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『一九三四年冬―乱歩』 久世光彦

2007-05-26 09:30:35 | 小説(国内男性作家)


連載『悪霊』の失敗により麻布のホテルに身を隠した江戸川乱歩。滞在中のホテルで美貌の中国青年のボーイや、外国人の人妻との交流していくうち、彼の中でエロティシズムに溢れた「梔子姫」の構想が浮かび、その執筆に全力を注ぐようになる。
人気ドラマの演出家として知られる久世光彦の山本周五郎賞受賞作。
出版社:新潮社(新潮文庫)


どうも個人的には評価に困ってしまう。すばらしい作品というのはわかるのだが、素直に受け入れることが難しい作品だ。

すばらしいと感じた点は、その乱歩に対する該博な知識にある。解説で井上ひさしも述べているが、とにかく作者が入念に調べているのがわかる。
風呂に対する偏愛や、仁丹などの小道具はもちろん、髪に対するコンプレックス、臆病な様子と好奇心、エロティックな妄想、彼の交友関係、個人的には谷崎潤一郎に対する愛憎などは楽しく読むことができる。
そしてそういったディテールから、江戸川乱歩という生身の、そしてあまりに人間臭い人物像がくっきりと浮かび上がってくる。その描写の様に圧倒される。これだけでも読む価値があることはまちがいない。ここまで実在の人物を眼前に思い描けた作品を読んだことはない。

その他にも、この時代の洋風ホテルの風景が極めて鮮やかだ。また探偵小説、ポーに関する描写にはただただ感嘆の一語だ。

幻想的な雰囲気も本書の魅力ですばらしい点の一つだ。
そしてその幻想性を高めていた「梔子姫」がはっきり言っておもしろい。
正直「梔子姫」のラスト辺りはあまり気に入らないのだが(六人の女が追ってきて梔子姫と交わる、っていうのが理性で読んでしまう僕のような人間には無茶苦茶な展開に見えた)、そのエロティックな雰囲気と幻想性は認めるのにやぶさかではない。

そんな風に、すばらしい点を認めながら、素直に受け取れないのは、物語全体がどこかでつくりものめいた雰囲気も感じてしまうという点だ。

確かに人物も舞台もリアルだ。作中作も優れている。その幻想性も認めざるを得ない。
でもその幻想性を出すために、脇役を動かしているという印象も同時に受けた。
特に明かされない謎などはそうだ。別に全ての謎を小説内で明かす必要はないと思う。むしろ宙に浮かんでいる謎があった方が想像力の入り込む余地があって好きなくらいだ。
しかしこの謎は幻想性を生み出すための小道具にしか僕には見えず、その意図のせいでいささか白けてしまった。
そしてその白けこそが積極的にこの作品を推すことができない原因である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)


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