すべてが「求めない」から始まる約100篇の詩を収録した詩集。その中から英米文学者にして詩人の加島祥造の思想が浮かび上がってくる。
出版社:小学館
本書はジャンル的には詩集になるが、内容自体は「求めない」というキーワードを元にした人生哲学である。求めない、という言葉を使ってみれば、求めている自分がいかにあくせくしていたか気付きますよ、というようなことを、平易な言葉で、シンプルに描き出している。
その思想をあえてわかったように言うならば、「求めない」という言葉を用いることによって、「求めている自分」を客体化するということなのだろう。そのように客体化することで、自分(自我)に対して一定の距離を保つことができ、自分を分析的にながめる余裕が生まれる。
その思想は龍安寺の「吾唯足知」に限らず、いろいろなところで聞く主張であり、自明のことだ。著者自身もそれをタオイズムから参考にしたことを記している。
あえて新規な点は挙げるならば、「求めない」という言葉を自己客体化のマジック・ワードとして提案している点くらいだろうか。
だが、この本が売れるということは(1000円以上はどう見ても高い)そういう自明のことを現代人は思った以上に忘れやすくなっているということなのかもしれない。
しかしそういった自明の言葉が連なっているにもかかわらず、僕はこの本を予想以上に楽しく読むことができた。こういう自己啓発系の本は「チーズはどこへ消えた」「グッドラック」くらいしか読んだことがないのだが、そういった類の本よりもこの本はよほどおもしろい。
それは作者の作品に対する態度にあるだろう。
特に「求めない――/なんて言葉をつらねて/あなたに聞いてもらうことを/私は求めている」なんかは顕著ではないだろうか。そこにあるのは自分自身の我執を認め、客観的に作品を眺めている作者の姿だ。自分の言葉に酔うことなく、誠意をもって自身の考えを訴えようとする作者の姿勢には感銘を受ける。
それにラストの言葉も僕の心に強く訴えるものがある。
「嘘に支えられない真実なんて偽物だ」とか、「彼らの嘘のなかに/はるかにソリッドな真実がある/ここでの私は/小さな嘘しか吐けなかったけれど/それでも/吐けて、いい気持ちだ――」には言葉を扱う人間の熱く真摯な思いが仄見える。
内容自体はなんてこともないが、作者の自分の言葉に自覚的である姿勢に、読み手の心を揺さぶる力を感じることができた。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
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