前任地での仕事の引継ぎに行って来るといったまま新婚一週間で失踪した夫、鵜原憲一のゆくえを求めて北陸の灰色の空の下を尋ね歩く禎子。ようやく手がかりを掴んだ時、“自殺”として処理されていた夫の姓は曾根であった! 夫の陰の生活がわかるにつれ関係者がつぎつぎに殺されてゆく。
戦争直後の混乱が尾を引いて生じた悲劇を描いて、名作『点と線』と並び称される著者の代表作。
出版社:新潮社(新潮文庫)
本作のプロットは、ミステリとしては、非常にオーソドックスなつくりとなっている。
冒頭で謎が提示され、その真相を探るために登場人物が動く。
それはよくあるパターンではあるが、それゆえに安心して楽しめる良さがある。
冒頭で結婚間もない夫が失踪するところからして、興味を惹きつけられるし、途中予想外のところで、人が死んだりするところはあっと驚かされる。
謎解きの要素も一応あるので、最後まで物語に釘付けになることはまちがいない。
もちろん欠点を上げれば、いくらでも上げられる。
最大の難点は、いくらか構成が雑であることだ。
事件を追っていく内、それまでわからなかった謎が次々と明らかになっていくわけだが、それが判明した理由が主人公の直感であるという点は、どうにも都合よすぎる。
そのほかにも、いくつかの設定に無理があって、読んでいて少し引いてしまう面がある。
だが僕は、この作品にマイナス印象を持つことはなかった。
それは、本書の最大の美点がプロットのおもしろさではなく、作品世界の雰囲気の描写にあるからだ。
この作品では、舞台となった昭和30年代の価値観やものの見方がよく描かれている。
個人的には冒頭のお見合いのシーンなどはおもしろかった。
結婚相手のことをそこまで深く知ろうとしないまま、結婚する部分なんかは、当時の結婚のスタイルがうかがえておもしろい(そしてそれこそ、久子が曽根を疑わなかった理由でもあるのだろう)。
だがそれ以上に本書で重要なのは、十年以上前の戦争の爪跡が、その時代になってもまだ消えていないという状況を描いていることだ。
戦後間もないころ、パンパンがアメリカ人をどう見ていたのか、そしてそのような見方が生れるのに、どのような背後の状況があったのかがうかがえて、非常に興味深い。
そしてそんな終戦間もない頃の価値観と、十年後の価値観のずれが、犯罪を生むに至ったという点が悲しい。
雪の日本海で締められるラストシーンも、物悲しい印象を高めるのに一役買っていて、忘れがたい。
物語として見れば、欠点も多いけれど、犯罪を犯してしまった者の悲しみや、時代の空気のすくい取り方などが優れていて、目を引く面もまた多い。
個人的には、なかなか良い作品と思った次第だ。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
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