移民の少年リンツが住む国では、怪盗ゴディバの犯行が世間を騒がしていた。そんなときリンツは市場で手に入れた聖書の中から、なぞの地図を見つけ出す。それがゴディバの手により描かれたものと想ったリンツはゴディバを追う探偵ロイズに手紙を送る。やがてロイズがリンツの前に現れるが…
乙一の手によるジュブナイルミステリ。
出版社:講談社(ミステリーランド)
ストーリテリングの優れた作家だけあり、筋の運び方が抜群に上手い。
信頼していた探偵の像がゆがみ崩れていく様、そして中盤で暴力的な少年とコンビを組む過程など、ひねりの入った展開へと進んでいくところは、さすが乙一といったところだろう。
また綿密に伏線が張られているのも目を引く。なぜ川の魚が大量に死んでいたかなど、緻密に張り巡らされた伏線がかっちりとはまる様相は胸踊るものがあった。
聖書を忘れて、祖父の家にもどるところなどは、物語の都合でキャラを動かした、という感はあったし、ロイズとなんだかんだで仲の良い感じになっているところがやりすぎな気もするし、犯人はやっぱりそう来るんだと思ったが、上手い作品であることを否定する理由もない。
一応本書は少年向けの形を取っているが、ビターな味わいに仕上がっているところが目を引く。
たとえば英雄的な探偵像が虚像でしかない、という描写や、殺人も厭わない少年を善人にすることなく真正面から描いている点(高貴な雰囲気を持っているというあたりはアイロニカルだ)、ユダヤ人と思われる少年の差別、父と祖父の和解を思わせる部分などの描写は特に優れていた。
それらのビターな素材が物語に奥行きを与えていたと思う。ラストの締め方も見事だ。
ともかく乙一らしさを存分に味わえる優れた作品である。子供向けの体裁なれど、大人も是非読むべき作品だろう。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
そのほかの乙一作品感想
『失はれる物語』
『ZOO』