私的感想:本/映画

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『夜の記憶』 トマス・H・クック

2010-06-28 21:24:54 | 小説(海外ミステリ等)

ミステリー作家ポールは悲劇の人だった。少年の頃、事故で両親をなくし、その直後、目の前で姉を惨殺されたのだ。長じて彼は「恐怖」の描写を生業としたが、ある日、50年前の少女殺害事件の謎ときを依頼される。それを機に“身の毛もよだつ”シーンが、ポールを執拗に苛みはじめた――人間のもっとも暗い部分が美しく描かれる。
村松潔 訳
出版社:文藝春秋(文春文庫)




ある程度、内容に想像がついても、ぐいぐいと読み手を惹きつける作品というものがある。
『夜の記憶』はまさにそういう作品ではないか、と思うのだ。


内容は幼いころ、姉を殺されたという作家が、依頼を受けて、五十年前の少女の殺人事件の真相を暴いていくというものである。
姉を殺した犯人を目撃したのに主人公が警官に言わなかったのはなぜか。
そして五十年前の殺人事件の犯人は誰なのか。
その2点が本書の肝だ。

先にも述べたが、はっきり言うと、その二つの謎は(根拠が明示できないとしても)想像がついてしまう。
だが多分本当に重要なのは、『夜の記憶』においては結果ではないと思う。
もっとも重要なのは、その結果に至るまでの過程なのだ。


まず五十年前の少女の殺人事件なのだが、この見せ方が実にスリリングなのだ。

当時の事件の状況を確認した主人公たちは、その事実を元に、少女の殺人犯を推理することになる。
その展開が本当におもしろい。

一度立てた推論で犯人を絞り込んでいく過程もおもしろいし、その疑惑が容疑者から呆気なく否定される過程もいい。
では一体真実はどこにあるのだろう、と後半は食い入るように読み進めることができる。

それにそれぞれの人物たちの心理も緻密にあぶりだされていて、その筆致も丁寧だ。各人の心理は屈折していて、人間らしいけれど、どこか醜い。
そんな人間たちの心理もあってか、一見美しいと思われていた、本書の舞台リヴァーウッドが、そして「リヴァーウッドの真実」がいかに醜いものかということが明らかになっていく。その過程にはぞくぞくさせられる。


また、五十年前の事件だけでなく、それと並行して、主人公のトラウマが明らかになる展開も見事だ。
特に主人公のトラウマを仄めかすような言葉を随所に散りばめていく手腕はさすがである。

ケスラーとサイクスの関係や、主人公の強迫神経症的な様子から、主人公の過去にどのような事実が隠されているかは、わりに簡単にわかってしまう。

だがそれは裏を返すと、それだけ物事が丁寧に描かれているということでもあるのだ。
そのため、そこで描かれる異常とも言える心理を、何の違和感もなく、すんなり受け止め、そういうこともあるのだろうな、と読み手に無理なく感じさせることに成功している。これは何気にすごいことなのだ。

ラスト近くで描かれる主人公の、切羽詰ったような記憶のフラッシュバックの場面が鮮やかだ。この場面はすばらしかったと思う。


人間の心理の襞をつぶさに描く、作者の筆は見事な限りだ。
物語的には地味だが、ミステリー的にも心理小説的にも実に巧みな作品と思う。
トマス・H・クックは華やかではないが、丁寧で誠実な作家だとつくづく感心させられた。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



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