私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

又吉直樹『火花』

2015-08-25 21:54:36 | 小説(国内男性作家)
 
笑いとは何か、人間とは何かを描ききったデビュー小説
売れない芸人徳永は、師として仰ぐべき先輩神谷に出会った。そのお笑い哲学に心酔しつつ別の道を歩む徳永。二人の運命は。
出版社:文藝春秋




話題先行の感のある又吉直樹の『火花』。
そういうこともあってか、さして期待せずに読んだのだが、想像していた以上におもしろい作品だったので、うれしい驚きでいっぱいである。

内容としては若手お笑い芸人の徳永と、彼の慕う先輩芸人神谷との相棒ものと、いかにもお笑い芸人が書いたような作品だ
。しかし中身は普遍的な青春物となっていて、しんしんと胸を打ってならなかった。



まずは目を引くのは、徳永と神谷の会話である。
二人ともお笑い芸人としてやっているだけあり、日常の会話の中でさえ、ボケとツッコミをまじえようとしてくる。
最初の居酒屋の会話といい、そのほかの笑いといい、にやにやしながら、読み進められるのが良い。
芸人だからと言えば、それまでだけど、作家としても、この笑いのセンスは小説世界を形作る上で、大いなる美点となっている。


物語自体もすばらしいものだ。

徳永は、自分の型のお笑いを持っている神谷を師匠と呼び、親しくしている。
確かに神谷の笑いは結構おもしろいな、と読んでいても思うのだけど、彼のパーソナリティもあってか、幾分の危うさもある。

たとえば太鼓を持っている男に対して、音楽を要求する場面や、笑いをちゃんと理解していない赤ん坊に対して、あくまで自分のスタイルの笑いを披露する場面など、普通に考えても常軌を逸していると感じる面はある。
神谷を慕う徳永さえ彼に危険性を感じ、狂気めいた神谷に恐れを抱く場面だってある。
そのせいか、神谷のことをきつく叱る場面もある。

実際問題、徳永は笑いに限らず、真樹との関係や、金遣いや、問題のある人間なのだ。

だが徳永は神谷に対する親近感は持ち続けている。
恐怖や批判、批評、不満などを抱えていても、神谷という男を慕う気持ちは消えない。
この関係がしんしんと胸に響いてならない。


そしてそうあたたかく思えたのは、徳永という男の優しさに負うところも大きいのだろう。
真樹さんを久しぶりに見かけて、幸せを願うところや、スパークスの解散ライブで相方やファンに対して放った言葉(この小説一番の感動シーンだ)などには、彼の愛情の深さや心の清らかさが見えて、感動してしまう。


そんな徳永たちの日々にも終わりは訪れる。
芸人としてやっていきたいと思っても、売れなくなって辞めざるをえないし、徳永と神谷の関係も変わってしまう。
そこには青春の蹉跌だってあろう。

しかし絶望もなく、静かな気持ちで本を置くことができるのは、やはり徳永の優しい視点によるところが大きいように思えてならない。



ともあれ、心に届く一冊である。
この先、著者にこれ以上の作品が書けるか、この世界とは違う作品が書けるかはわからない。
だけど、できれば又吉直樹にはまだまだ小説にチャレンジし続けてほしい。
そうすなおに思える一冊であった。

評価:★★★★(満点は★★★★★)