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103章解説

2010年07月15日 | ジュズ・アンマ解説
بسم الله الرحمن الرحيم
103章解説

1. 時間にかけて(誓う)。
2. 本当に人間は、喪失の中にいる。
3. 信仰して善行に勤しみ、互いに真理を勧めあい、また忍耐を勧めあう者たちの外は。

 この章は、現世と来世における人間の幸福実現のための重要な諸基礎を解明しています。まず至高なるアッラーはこの章を、『時間にかけた誓い』の言葉で開始し給いました。誓いの言葉に使われた『時間』は、《時(ダハル)を罵ってはいけません。実にアッラーこそがダハルなのですから(ムスリム)》というハディースが示しているように、尊くて重要です。また人間の生活にとってどれだけ『時間』が重要な位置を占めているかということ、そこに起こる幸福や不幸、富や貧困といった様々な生活の中にある混乱がここで連想されます。当時に限らず現代の人々の中には、不幸を時のせいにすることがありますが、アッラーはこの誓いの言葉で、『時の中で発生する喪失は人間の行為に因るのであり、決して時そのものに因るのではない』こと、『以下の4項目を実践しない人間は喪失の中にある』ことを明解にし給いました。①アッラーへの信仰、②善行、③真理の勧めあい、④忍耐の勧めあい、です。ではアッラーの御言葉を見てみましょう:

「時間にかけて(誓う)。本当に人間は、喪失の中にいる。信仰して善行に勤しみ、互いに真理を勧めあい、また忍耐を勧めあう者たちの外は。」

 アッラーへの信仰と善行:
 アッラーを信仰することは、人間に課された第一の義務です。なぜなら、人間の素行と理性の正しさは信仰を由来とするからです。この世界に存在するすべてのものがアッラーの存在を証明しているのに、人間は創造主について信仰しないなどありえるでしょうか。

 アッラーへの信仰は、人間の生活に顕著な影響を与えます。信仰は生活の暗闇を払拭し、心に希望を齎しくれます。信者は失敗したり失望すると避難場所、つまり助けてくださるアッラーの存在を思い出しますし、自身に起こった不幸によって報奨を得られると思うことで心を落ち着かせられます。そして目の前の恐怖は小さくなり、困難は容易となります。このため信者は常に安心し、落ち着きがあり、悩みを抱えず、心理的な病に陥ることはないのです。

 代わって信者ではない人は、心理的な病や身体的病の餌食となってしまいます。困難に襲われると忍耐できず、とても心苦しくなります。やがて不眠や酒に溺れることもあります。そして立ち上がれないほどの病を患うか、突然に死に見舞われるという結果になります。

 アッラーへの信仰は、人間の心に善の泉を湧き出させ、害となる欲望やわがままを抑制し、悪や罪から遠ざけてくれます。やがて人間は集団の奉仕に努めるようになりますが、人間がその行いにおいて、自身が信奉する教えの主に服従しているからです。この教えとは、『アッラーが彼の行為をお見通しである』、『審判の日にはその行為を清算し給う』ことを指します。生前の行いが良ければ良く報われ、悪ければ悪く報われることになります。ここで信仰と善行の間にある強い絆が判明します。善行はアッラーを信仰したことよって成った実です。それゆえアッラーはクルアーンの中で信仰と善行を絡めて述べ給うているのです:「信仰し、善行する者たち」と。この2つを行う者には現世と来世で幸福を得られるという吉報と約束と合わせて、50回以上にわたって登場します。

 صالحاتサーリハート(善行)は、صالحةサーリハの単数形です。صلاحサラーフは、腐敗の逆の意味を持ちます。サーリハートは宗教分野の中で、悪行の逆のものとして使われていて、聖クルアーンが幾度に渡って、読む人にそれを勧め、述べている良い行いのことを言います。これはアッラーに捧げる崇拝行為と魂の浄化と集団への心づくしと結びついています。

 真理の勧めあい:
 続けてアッラーは喪失する者たちの中から、真理を勧めあう人たちを除外し給いました。真理の勧めあいとは、間違っていないすべての正しい行いを勧めること、つまりすべての善です。ここから私たちは、社会的責任が人間に課されていること、そして自分自身の完成は、他人の完成に努めない限り実現しないことを知ることができます。

 真理の勧めあいは社会に必要なことです。しかし真理に基づいて何かを行うことは容易ではありません。なぜなら、自我の欲求や個人の利益、不正な為政者などに反するからです。ゆえにイスラームは信徒たちに真理に基づいた行動を要求するだけでなく、真理を勧めあうよう命じているのです。勧めあうとは、真理に基づいて行動することと、他人にそれを勧めることを含みます。以上が実現することで、人々は真理のために生きるようになりますし、真理が人々の闘争を支配し、真理によって集団内に起こる意見の相違に決着がつけられるようになるのです。

 また真理の勧めあいは、共同体の各個人があらゆる善において協力し合うことを指します。

 イスラームは、真理を称賛しており、至高なるアッラーの美名の一つにもなっています。「これも,アッラーこそ真実であり,かれらがかれ以外に祈るものが偽りの(神の)ためである。」(巡礼章62節)

 またアッラーは使徒であるムハンマド(平安と祝福あれ)にイスラーム聖法を解明しつつ話しかけ給うています:「 本当にわれは,吉報と警告の伝達者として,あなたを真理と共に遣わした。」(雌牛章119節)

 忍耐の勧めあい:
 真理は人々にとって重く、それを勧めあうことは災難や困難を伴います。それゆえ真理は忍耐を呼び寄せるものといえるでしょう。だからこそアッラーは『忍耐の勧めあい』と『真理の勧めあい』を一緒に述べ給うたのです。忍耐はいくつかに分かれます:

 イスラームが定めている義務行為遂行に対する忍耐。
 イスラームが禁じている罪を犯すことに対する忍耐。
 困難や災難に対する忍耐。

 最もレベルの高い忍耐は、ショックを受けた最初の瞬間に発生するものであり、興奮の収め具合や心の強さ、信仰の強さを証明するものでもあります。

 忍耐は多くの美徳の基本であり、どのような美徳も忍耐を必要とします。またクルアーンの中でアッラーは、80アーヤに渡って信者たちに忍耐するよう諭し、忍耐する者を褒め、最も良い報奨を約束し給うています。その言葉をいくつか紹介します:「耐えなさい。アッラーは耐え忍ぶ者と共におられる。」(戦利品章46節)、「よく耐え忍ぶ者は本当に限りない報酬を受ける。」(アッズマル章10節)、「耐え忍べ。本当にアッラーは,善行者への報奨を虚しくされない。」(フード章115節)

 この尊いスーラはその短さにもかかわらず、あらゆる善を包括しています。

 また預言者(平安と祝福あれ)の仲間の二人の男は出会うとこのスーラをどちらかが相手に読むまでは分かれなかったと言われています。(アッ=タバラーニー、アル=バイハキー)読むのはお互いにどのような態度と行動を取るべきか思い出すためです。

(参考文献:①ルーフ・アル=クルアーン タフスィール ジュズ アンマ/ファッターフ・タッバーラ薯/ダール・アル=イルム リルマラーイーン(P166~170)

②アッ=タフスィール・アル=ワスィート/ワフバ・アッ=ズハイリー薯/ダール アル=フィクル(第3巻P2928~2930)
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