後光はなくとも芳輪あり

2017-06-14 14:14:32 | こともなし
三十過ぎからはもう

あとは余生と決めてる



後光も蜃気楼も全てあとにして
正直、それから十年余り経っても
俗や世間に慣れたとは言い難いけれど


そういや少し前のこと
久しぶりに立ち寄ったギャラリーでは少しもお手軽でないお値段の
山口の作家さんのそれは美しい焼き物が並んでいて
もちろん手に入れることなど滅相も無いけれど
触れると冷たくじんわりしていて少し、離すのが惜しい
いつかそれに似合う時が来るだろうと嘯いて、
たまに立ち寄る紙舎にもう置かれなくなってた松栄堂のお香があって
それだけ買い求めて後にした


白檀の香り「芳輪 堀川」

少し甘いなと思いながらニ本目を薫く頃には鼻も慣れた
線香は消えたあとも思わぬ時ふと薫ってはっとする



香立ては「市松」に続いてやはり松栄堂の「観世水」
観世水とは水面を表す模様の名称で、扇子や和菓子、様々な造形物に用いられています
今風にいうと、水の流れを示すアイコンってとこか



いつまでも他所モノ気分なのは致し方無いとして、
本能的に種の保存に関わる全てに関心が足りないのは
生来のものだろうから育ちのせいでは無い決して


そもそも、ハタチ過ぎたら自分のあらゆる所以を
もう誰のせいにもしてはいけません



美しいもの、醜いもの、愉快なもの、苦々しいもの
そうありたいもの、どうしようもないもの、なるしかないもの
結局なんやかんやの美醜がこの世の中を構成して
清濁織り交ぜずには成り立たないことは頭では分かってきたのだけれど
まだ少し、感覚が追いつかなくて戸惑うことが多いのは恥ずかしいことだけれども

不惑には間に合わなんだが知命の頃には天命とやらも合点が行くだろうに
と、愚にもつかぬ事を考えて今日は終わり


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