小林真 ブログ―カロンタンのいない部屋から since 2006

2006年開設の雑記ブログを2022年1月に市議当選でタイトル更新しました。カロンタンは40歳の時に飼い始めたねこです

Fifteen thousand stories~『黄金の時間』(前編)

2006-12-31 18:20:19 | 身のまわり
1年間ご愛読ありがとうございます。
書きたかったこと、書くと宣言してそのままのことはたくさんありますが、その中で2月に後編だけ書いてほったらかしだったこの話を。

それは聖バレンタインデーの夜9時頃だったか。そんな西洋イベントにはまあ縁のない中年は、高校3年生F君とともに市内屋内プール前の県道をいつもと違う車で走っていた。めったに乗らないミッション車のシフトチェンジを楽しみながら、パワーウィンドもない旧型のトヨタスプリンターは快いエンジン音とともに加速していく。「なるほどスムーズですね」とF君。その時、前方に反射テープを身につけた人影が、ゆっくり赤いライトを振り回すのが目に入った。

時間は1年ほど遡る。
テスト勉強に来ていたF君は、ほしかったプレイステーション2を買おうと、ヤフーのオークションサイトを見ていた。野球部で毎晩10時頃まで帰れないF君の要請に応じて、そんなのゴールウェイででも買えよなどといいながら、修学旅行に着ていくTシャツやらユベントスのレプリカジャージなどを買うことがそれまでにも何度かあった。
確か1万7000円ほどの商品に入札していたF君は、また別の、納期は1ヶ月ほど後という1万5000円の即決商品を発見。これ買わなきゃというので、あっちが落札したらどうするんだと問うても、大丈夫だよどっかに売れるからと能天気なことをいいながら落札してしまった。結局1万7000円も落札なったから、お年玉で潤沢な資金を持つF君が持ってきた3万円ちょっとを私はジャパンネットバンクから振り込み、F君は1万7000円の方でゲームを楽しみながら、1月後という安い方の到着を待った。

しかしやがてそのS沼という出品者から、「資金がショートして商品が用意できない。代金は返却しますのでお待ちください」というメールが。げっ、これはやられたとF君に「サギの可能性がある」と告げ、何度かメールで交渉した後、やがて音信は途絶えた。
私もうかつだった。ちょうどその時やっていた仕事でヤフーのサギ被害補償のことを知ったのだが、いつも「忙しくて店に買いに行けない高校球児の代理入札です。楽しみに待っています」などと丁寧にも書き綴っていた。規約を読むと、本人以外の入札は補償しないとある。いったん警察への被害届を書いたりもしたが、そういうわけで補償はされないかも知れん、申し訳ないが後でおれも責任があるから半額払おうなどといいながらそのままにし、それから詐欺師S沼の名は塾内では有名な存在となった。
実は詐欺師じゃなく本当に資金がショートした被害者で、今頃は自宅と書かれた場所から近い清水港あたりでコンクリート漬けになって沈んでるんじゃないかも知れないので新聞をよく見ようとか、銀行に行く途中でフィクサーに消されたその手にこっちの口座番号のメモが握られているかも知れんなどと、そんなまあよくある苦し紛れの軽口を叩きながら、F君のこの被害はネット社会の危険を物語る典型的な例として塾内では教訓にも笑い話にもなり、気のいいF君はそれをわはははと笑い飛ばしていた。

そして今年の2月。きっかけはF君より6歳上の塾OB・O君が就職を機に、それまで駅まで乗って行っていた、おじいさんにもらったもので16万キロくらい乗っているけど車検は1年数ヶ月残ったスプリンターである。
廃車にするというので、ならそのためのお金もかかるだろうから今度F君が大学に入るので安く譲れば誰にとってもいい話ではないかということになり、にわかブローカーとなった塾経営者はひとまず就職先に行くO君からスプリンターを預かった。取引金額は3万円である。
そしてバレンタインデー。塾で原稿に追われていた私のところにF君から電話があり、車を見にくるという。その時の仕事に辟易としてこともあって私は、じゃあちょっと乗ってくるかとF君と出かけた。
免許を取ったばかりのF君のミッションさばきはぎこちない。少し経って、3万円ならいいやという気になったF君に、じゃあ、ギアチェンジというものを見せてやろうとセブンイレブンで運転を代わった私は、このところマニュアル車には乗ってはいないもののベテランドライバーらしいクラッチワークで加速していき、F君もふうんとうなる。と、1分も経たないうちの赤いライトだった。

わあ、ここよくやっているんだよとF君。まあしょうがねえとパトカーに乗ってキップが切られ、反則金の額をきくと1万5000円だった。なんで3万円で右から左に流した車で、仲介したおれが1万5000円払わなきゃならねえんだと思っても法律とはそういうものだ。
まったく、とスプリンターに戻るとF君は、すみません、罰金いくらですか。おう、1万5000円だと応えた時、詐欺師S沼事件を思い出し、笑ってしまった。

この時に思った。これで、おあいこだと。
自分の横でよせというのに勝手に入札して1万5000円サギにあったF君と、そのF君を横に乗せて勝手にスピード違反して1万5000円払わなければならなくなった私とは。
それで、うん、まあ、じゃ、まだ払ってなかったS沼の1万5000円は払わなくていいな、というと、しょうがないですねと笑うF君。それはF君が私の中で一つの段階を終えた瞬間だった。
世で「センセイ」と呼ばれている人の多くが経験しているように、生徒との関係が「先生と生徒」でなくなる瞬間がある。そしてF君との場合、この時がそうだった。
その2ヵ月後、18年間で文字だけの本が高3で読んだ「夜回り先生」だけという伝説を持つF君は、野球が終わってテレビを見る時間が増えて興味を持った政治学科に推薦で入り、それからも苦手な英語のテスト勉強やロシアの民主化なんていうレポートの相談に来ている一方、私やほかのOB・OGが飲む席にも顔を出すようになり、酒が飲めないこともあってよく送り迎えもしてくれる。要はまた別の関係になったのだ。

一生で1人の人間が出会うのは、3万人くらいという説を何かで読んだことがある。どちらかというと、あまり多くの人間に会う方でなく、そう長生きもしないだろう私なら、その半分として1万5000人。つまり1万5000の物語に出会うわけで、F君の物語はその1万5000分の1の貴重な時間だ。
F君に初めて会ったのは彼が中1の頃だから今年で7年目。わけのわからぬ黄色い声を張り上げていた少年は気がいいだけにあまり波乱のない中高6年を過ごし、今は暇を持て余しバイトで稼いだお金を少しのファッションや飲み食いに遣うありふれた大学生になっている。
F君がこれからどういう人生を過ごすかはわからない。しかしそれがどんなかたちになったとしても、私はそれを祝福し、また自分にとってそれを少なからず大きなものと感じるだろう。その時間の端々できっと何度もあの二つの1万5000円を思い出し、ほかの誰かも含めてそれを笑うだろう。
そしてそんな時間こそが、私にとっての“黄金の時間”なのだ。そしてそんな時間がこれからも待っていることをこの上なく幸福に思う2006年の暮れ。

よいお年を。

この2日後にきいたゼルダ『黄金の時間』がモチーフの後編は(http://blog.goo.ne.jp/quarante_ans/e/7a32982ea566178ea67a0aafa5255d2c

(Phは大晦日午後、窓際のねこども、後編で触れたティーの子どもスラッシュほか全3名。BGMはJ-WAVEでした)
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