九想話

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野坂昭如

2017年05月02日 | Weblog

私は、あまり野坂昭如の小説は読んでない。
いや、20代の頃それなりに読んだのだが、あまり印象に残ってない。
でもあの文体は好きでした。

> 私が日本女子大生協で働いていた22歳のとき(だったか?)、
> 日本女子大の講堂で野坂昭如の講演(ライブ?)があった。
> 私は仕事が終わってから行ってみた。
> すごい女性ばかりの会場だった(あたりまえだ)。
> 野坂は何曲か歌った。
> たしか「マリリン・モンロー・ノー・リターン」か「バージンブルース」を歌ったときに、
> 女子大生めがけてタンポンをばらまいた。
> 野坂先生カッコよかったです。
2015年12月10日九想話「野坂昭如死去」にこんなことを書いた。

今でも鮮明に思い出します。
白いスーツを着て日本女子大のキャンパスを横切った野坂昭如。
ステージで歌っていた野坂昭如。
照れくさそうに歌っていた野坂昭如。
かっこよく客席の女子大生にタンポンを放り投げた野坂昭如。
私はおそらく、98%は女性の中で野坂昭如を見ていた。

昨日紹介した「男の詫び状」の野坂昭如からの手紙を一部を書き出してみます。
<→ 鹿島茂>
ぼくも半端者の端くれ。ぼくという存在が、相続の対象になるかどうかは、後世の人たちが決めること。
負でもマイナスでもないだろう。
<→ 阿川佐和子>
そうだ、やっぱり言っておこう。あなたは自分に色気がないと思い込んでいる。
それは、男としてのぼくの技、と自惚れる。自分の色気に気がつかぬうちが花。
<→ 宮城まり子>
あなたの愛一途な生き方は、日本の福祉に新しい光を投げかけている。
歌手、宮城まり子さんはご健在ですか。いつか二人で唄くらべをしましょう。
<→ 吉永小百合>
沖縄は、未だ本土決戦を強いられているようなもの。どちらに顔を背けたところで基地だらけ。
基地の中にある沖縄。そのかげで、日本は繁栄を謳歌、目先のことにとりまぎれ、
先のことはまったく考えない。思考停止状態。
この状態は、ぼくらの世代の責任でもある。少しでも戦争を知る人間は、戦争について語る義務を持つ。
吉永さんも、根気よく次の世代に語り続けてください。
ぼくは、ぼくなりにあの戦争と向き合い、書き続けることこそ、自分に与えられた業だと思い定めています。
<→ 岸田今日子>
華やかな句をお作りになる眠女さま。
また、句会にて、あなたの句に逢うことを願いつつ。なお、八百長はいけません。
虚心坦懐に句を選びましょう。
<→ 岩城宏之>
さて、あなたは棒を降りつつ、国境を越えて文化の輪をひろげていらっしゃる。
あなたの指揮棒の先には、何万、何十万というメッセージが込められているのだ。
<→ 戸川昌子>
あなたは常に現実から逃げない。人間の弱点を知っている。このすべてを歌に昇華させている。
あなたの体験は歌となって、聴く者の耳から心に届く。常に進行形のあなた。
青い部屋とともに歌い続けて下さい。またいつか、一緒にビールを飲みましょう。
<→ 佐藤愛子>
世間に対して、怒りはやめるとおっしゃるが、世間側が愛子さんを待っている。
だからどうぞ怒り続けて下さい。
「佐藤愛子」その名を聞いただけで、人をして背筋をのばさしめる。
お不動様のように恐ろしく美しい。
<→ 池田理代子>
今は、人間が見えにくい世の中です。自分も見えない。人間は喋りあうことで進歩してきた。
文明は便利、だが、いつしかとらわれて、自然に培われてきた能力が失せてしまう。
これからの人は、文明の悪意から自由に生きる手段を探すべきだ。子供たちの悲鳴が聞こえる。
<→ 田辺聖子>
田辺さんも御存知の通り、ぼくは札つきの酔っ払い。当然いろんな失敗談を持つ。
どうやら酒呑童子を真似てしまったらしい。

まだまだありますが疲れました。おやすみなさい。

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