ただ生きるのではなく、よく生きる

自然の法則をとらえ、善(よ)く生きるために役に立つ情報を探して考えてみる

正しく自覚・認識さえすれば、そのままでよい

2017-06-22 17:18:37 | 知恵の情報
親鸞聖人は「自分は悪人である、罪人である」と決めた。ソクラテスは「自分はなんにも
知らない。ただ何も知らないということだけを知っている」といった。その自覚・自認だけで
よい。

そこでちょっと思い違えて「だから、善人にならなくてはならない」「知者にならなくては
・・・・・・」ということになると、脱線して迷路に陥ることになる。ここが、「思想の矛盾」と
いうことの私の説明を理解しない人には、ちょっと難しいところであります。

ちょっと一口説明してみれば、その考え方は、事々物々に当たり、絶えずあれも知りたい、
これもなしたい、という向上一路心はなくなって、自分は人から、知者善人と思われたい、
先生の前で、悠然と見せかけたいというふうに、いたずらにごまかしと照れ隠しとに、
日もこれ足りないというふうになるからであります。

この「正しく自覚・認識さえすれば、そのままでよい」ということは、体験しなければ、
単なる理屈では、決してわからない。これは、ここの治療法で、素直に規定どおりに
実行しさえすれば、成績のよい人は、四十日以内で、体験することのできることで、
容易といえば、はなはだ容易なことであります。

─『現代に生きる森田正馬のことば 生活の発見会編II 新しい自分で生きる』
 生活の発見会 白揚社より


思想の矛盾
この火を冷たくし、死を恐ろしくないようにしようかというのを、「思想の矛盾」という。
矛盾とはアベコベになることである。恐れをなくしようとすればするほど、かえって
ますます、アベコベに恐ろしくなる。早く眠ろうとすれば、かえってますます眠れ
なくなる。これに反して、恐れるべきものを、当然恐れれば、恐れまいとする考え
はなくなり、考えがなくなれば、すぐおそろしくなる。つまり、当然あるべき事実を、
そうでないようにと、無理に人為的に、作為しようとするのが、僕のいわゆる
「思想の矛盾」である。この「思想の矛盾」と言う言葉は、僕の思いついたことであるが、
面白い言葉とは思いませんか、これを禅の方で、悪智というのではないかと
思います。(『現代に生きる森田正馬のことば  生活の発見会編 I 悩みには
意味がある』白揚社より)
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