ただ生きるのではなく、よく生きる

自然の法則をとらえ、善(よ)く生きるために役に立つ情報を探して考えてみる

自分の物尺で他人を計るな・・・

2017-08-05 16:33:28 | 人生の生き方
道端に立っている石の地蔵尊は、子どものよい遊び相手となる。今日も悪童どものために
この地蔵尊は首に縄をかけれられてころがってござる。ちょうどそんなところへ通り合わせた
のが信心深い某氏。「お前たちは、何てもったいないことをするのだ」と子どもたちを追い
散らして、地蔵尊の縄を解いてもとの台座へていねいに安置して帰った。某氏は大変
よいことをしたと思って晩酌はことにうまく飲んで寝た。が、間もなくひどい高熱にうなされ
た。その夢ともうつつともつかぬ中に昼間の地蔵尊が現れて、「せっかく子どもたちと
面白く遊んでいるのになぜよけいな邪魔をした」ときついお叱りを受けたのである。

会社社長で裕福な弟は、兄の米屋では日々労働させられている老父をいたわるつもりで、
一ヶ月ほど預かることにした。弟の家へ来た老父は普段のゴツゴツした仕事着から
やわらか物に着替えさせられ、出入りは車、美味なごちそうが、毎日つづいた。
にもかかわらず老父は一ヶ月もたたない内に病気になってしまった。老父には兄の
家での気楽な手伝いと祖食が一番身体に合っていたのである。

東郷元帥の邸宅は東京麹町区の上六小学校の隣にあったので、小学生の元気の
よいさえずりや唱歌がよく聞こえた。元帥の病気が重くなってから、その病床を静か
にする配慮から、学校では唱歌の時間をとりやめ、生徒の屋上へ上るのを禁じた。
まことに適切な処置といえるが、もし急に聞こえなくなった唱歌に老提督が淋しがられる
ようなことはなかったであろうか?自分の物尺で相手を計ってはいけない。他人を
説得するには他人の論理でなければ説得できないように、自分の物尺は自分の
歩みにだけ必要なのだ。

─『一日一言 人生日記』 古谷綱武 編  光文書院より

■どうしても自分の尺度が優先してしまうことがある。相手のことを考えていても一時は
自分の立場や、相手に強く出て、こちらの考え方で判断する。これは、きっと人間の
性だろう。しかし、その弱点を知っていることが大切なのだと思う。気がついたら
直ちに改め、謝罪し、相手とのつながりは大切にしながら交際は、続けていく。
相手は、やがて、自分が相手のことを思って本心で言ってくれているのか自分の都合で
言ってくれているのかがわかるはず。
それが、わからないということは、まだまだ、修業が足りず、今生へ出てきても悟れて
いないということだ。
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