時任AKIの明るい一日

とにかくあかるいAKIの日記です

久しぶりの思い出話

2017-07-17 21:53:01 | 日記
何か月ぶりだったでしょう。今日は姉と久しぶりに昔話に花が咲きました。いつも1週間に1度は電話をするのに、私がこの年でお寺の仕事を手伝い始めたので気を遣ってくれているようです。
今日は姉の夫の親戚の人の告別式のことで連絡をくれたのがきっかけで、2時間も話してしまいました。
私と姉は母が違います。いわゆる腹違いの姉妹です。私の母が姉の母の病死後、後妻に入ったそうです。それで18歳も離れているのです。母は助産婦をしていたので、姉が私を育ててくれたと聞いていました。母と姉はとても仲が良く、私は高校生になるまで本当の姉妹と思っていました。
姉は23歳で結婚したので私を5歳まで育ててくれたのでした。姉に子供が出来たとき、私は5歳でした。つまり私の甥ですが、5歳違いですからそちらのほうが弟のようでした。甥は私の家が好きで、姉がよく連れて帰ってくれ、兄弟ができたみたいでうれしかったことを覚えています。
姉には男の子が二人でき、今でもその甥たちとは兄弟のように付き合っています。
実は姉はもう一人妊娠したのに流産したことを私は初めて知りました。二人の間にもう一人妊娠したのだそうです。考えてみると、姉の子供二人は7歳離れています。そういうことだったのか、と納得しました。姉は専業主婦だったのにどうして流産したのか不思議でした。原因はホルモンの異常だったそうです。今の医学なら大丈夫だったのかもしれませんが、いまさらしょうがないね、と言いましたが。
私も3人流産したので、その時の恐ろしさと悔しさがよみがえりました。姉も私が流産したことを知らなかったようです。
私は教師をしていたし、それぞれ家庭を持っていたのでめったに電話はしなかったことを思い出しました。義兄が亡くなってから一人暮らしをしている姉が心配でよく電話をするようになったのです。
甥たちの小さい時、学校に通い始めると姉もあまり実家には帰らなくなり、夏休みなどは私が姉のところに遊びにいきました。お風呂がなく、近くの銭湯に連れて行ってもらいました。また姉の家の隣は食堂で夏はかき氷を食べに連れて行ってもらいました。どちらも今はもう他の建物になったそうです。
また時々昔話をすることを約束してやっと電話は終わりました。
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