ゆっくりのんびり市町村廻り

何年かかるか、もしかしたらできないかもしれないけど、日本の全市区町村の制覇を目指して頑張ってみる!

176日目 桜を愛でながら中山道を歩く・続編(2)~上尾

2017-07-08 00:48:47 | 南関東
平成29(2017)年4月8日(土)

もうちょっとだけ浦和の続き。
悶々とした気分を抱えながら、工事中の浦和駅西口へ→
目の前の像は「武蔵武者群像」。
説明板には「彼らは荒野に開拓の鍬を振い、ことあれば剣を取って勇敢に戦った。争乱の世には、剛健質実な気風と固い団結をもって云々」とあります。
そうか、浦和レッズのあの一致団結した熱狂的で過激すぎる応援はそこから来ているのか。

でも西口といったらこちらでしょうか。
浦和区のマスコットキャラクター「浦和うなこちゃん」→
前編でもお話ししたとおり「鰻の街」浦和をPRすべく考案され、デザインは何と、あのやなせたかし氏なんだとか。なるほど、そんな感じの表情。

さてさて、浦和を終え高崎線に乗るべく駅構内に入る。
すると、何だかアナウンスが騒々しい。こういう時は何らかのアクシデント発生が鉄板。
いやーな予感を抱きつつ、毎度の事ながら何を言っているのだかよく聞き取れんアナウンスに耳を傾けてみると、「高崎線は8時すぎに発生した北本-桶川間の人身事故により、今度の電車は宮原駅で運転見合わせ・・・」思わず頭を抱える。

↓同じ場所でじっとしていられない私は、とりあえず電車で行けるところまで行こうとホームに。

立派な高架駅となった浦和駅、あのショボかった頃が懐かしい。
もっと言えば、ずっと昔は特急・急行はもちろん、朝夕以外の東北線・高崎線の普通列車ですら通過し、京浜東北線のみが細々と停まっていたのがウソのよう。

すぐに来た8時37分の電車は大宮駅の次の宮原駅までは行くけど、後はどうなるのか分からんのだと。
宮原駅とは、次の私の目的地の上尾(あげお)駅の一つ手前
どうしてもう一つだけ頑張ってくれんのかな?(苦笑)。

抑止中の宮原駅→
することがないので、駅の中をフラフラしていると9時頃再開のアナウンス。
先に宮原駅に到着していた高崎行き電車(写真左の電車)は突如3つ先の桶川駅止まりに変身して出発するのだと。
桶川より先に行きたい人はどーすんの?ですよね。無慈悲すぎ、お気の毒すぎ。

この事故ですが、ある女性が遮断棒の降りた踏切内に入って上り電車にはねられてしまったようです。
もし自○だったとしたら、これ以上のはた迷惑な話しはないのですが、或いは急ぎの用があってついつい潜ってしまったんでしょうか?
でも、狭い日本そんなに急いで永遠にどっかに行っちゃったとあれば本当にシャレにもなりません。
NAVERまとめ」には、はねた電車に偶然乗っていた方々の実況、当惑・お困り等々の声などが纏められてました。

大ダメージは何とか回避して上尾駅へ→
「大宮行き」になっている右の電車がどうやら件の電車らしいです。

↓快速何だかみなかみ、とか言ってった臨時列車も上尾駅に止められたまま。

あたかも「オレ、これからどうなるの?」って感じで止まってます。

↓上尾駅西口と近くの商店街。
 


上尾市のマスコットキャラクター「アッピー」は、以前登場した本宮市のキャラ「まゆみちゃん」と結婚して、 子供「あゆみ」までいる設定なのだと。
ゆるキャラごときにそこまでやって話題作りをして、肝心の町のPRはうまくいっているんでしょうか?

↓片や西口。
 

↓西口側のウラ通りを歩いていたら、とあるお寺さんへ。

このお寺さんでは近々大仏様を建立するとの看板が掲げられていました。
どんな大仏様ができるのでしょうか。どうせなら度肝を抜くようなものを・・・。

(645)埼玉県上尾市役所
江戸時代は中山道の宿場町だった上尾。
田園都市だったのが東京のベッドタウンとして住宅が増え、さらには大工場が進出し重工業都市へと変貌と遂げる。人口は約23万人。

これからのある上尾市のイベントの宣伝でもしておきます。
上尾商工会議所のサイトより→
「上尾夏まつり」です。7月15日(土)・16日(日)に絶賛開催予定。

これと言って特段見たい上尾での史跡旧跡等はないのですが、どうしても一か所だけ行きたい所がありました。それは市役所から南約1・5km位の所。

かつて私が埼玉県民だったのは前編でお話ししましたが、当時近所のおばちゃんに連れられて毎年スケートをしに行っていた場所がありました。
それがここ→
「水上公園」とだけ覚えていたのですが、施設の様子などはちっとも覚えていませんでした。
でも、次第に思い出してきたぞ→
この左の建物でスケート靴を借りて履き替えて、階段を下りてスケート場へ。
茶色の陸上トラックのような所でグルグル周って滑ったのですが、当時は今のように真っ平ではなく、凹んでいたような?
そもそもスケートができる雰囲気が全くないぞ・・・。

ちょうど、事務員のおばちゃんが通りかかったので、「昔、ここでスケートができましたよね?」と聞くと、「そうでしたね」。
今ではスケートは近くの施設でできるように移されたので、凹みは潰されてしまったそうです。

埼玉時代の少年期にほんの一瞬でも戻れて、満足して駅に向けて歩きます。
↓宿場の面影、まるでなしの旧中山道。
 
当時からあるのはこの神社くらい?

駅に戻ればダイヤはかなり回復しつつありました。
次に全国的に知名度の高い熊谷へ一気にぶっ飛びます→

 

参考・カッコしてあるのはこれまで行った所→
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