ゆっくりのんびり市町村廻り

何年かかるか、もしかしたらできないかもしれないけど、日本の全市区町村の制覇を目指して頑張ってみる!

155日目 神奈川県民の命を守るでっかい水がめ

2016-07-23 23:51:43 | 南関東
2016年6月11日(土)


引き続き国道413号線で山ん中をひた走り、神奈川県入り。
↓神奈川とは思えん景色が続きます。
 
おまけに相模原市というれっきとした政令指定都市だったりする。

突如目の前に橋が現れる→
「虹の大橋」という、両側のフェンスに虹が描かれているという橋(ここも相模原市)。

橋からの眺め→
川ではありませぬ、相模原市・愛川町・清川村に跨る宮ヶ瀬湖という面積4.6km2で、県人口の9割に水を供給しているというダム湖。

真下をアップ→
地肌が露わになっているし・・・。

今年の関東は、水がピンチ!と、この頃あたりからマスコミが大騒ぎしていたのですが、あれから1カ月半、パタッと聞かなくなりました。
その間話題が盛りだくさんだったというのもあるかとは思うけど。
でも最近取水制限3割にするとかという、こっそり書かれたような小さな新聞記事も見た気がするし・・・。

水は一体どーなってるの?というワケで、本日の貯水率(利根川水系のですが)を見てみると、約60%でたいして変わり映えない感じですが、注目すべきは前年同時期比較。
約90%となっているので、実は楽観的に構えていても(当面は)いいんでないかい?
いつ間に降ったんだろうね?

神奈川県は首都圏の中でも水不足には案外強いのですが、それはこの巨大な湖があるからと思われます。
でも有名な箱根の芦ノ湖は神奈川県にありながら、その水は静岡県民が専ら使い、神奈川県民は使えないのは意外。

いったん湖を離れます。
(598)神奈川県愛甲郡清川村役場
左の茶色い建物が役場で、目の前のは昨年11月に登録されたばかりの、県内3番目の道の駅「清川」。
何と、全国都道府県で人口第2位の神奈川にも「村」があったりする。
そして人口はわずか約3,000人。重ね重ね神奈川とは思えん所です。
村のキャッチフレーズは「水と緑の心の源流郷」。

↓道の駅の中にある売店には、村のゆるキャラを動員したにもかかわらず、このとおり大量にアイスが売れ残っています。

気の毒になったので買いましたが。

特に見たい所なし(ダム以外)→
なので、この周辺を宛てなくブラブラします。

強烈な香ばしい匂いが辺りに漂っています。
ここがその源→
ウチの愛媛の田舎の近所にもブタ様を飼っている施設があったので、故郷を思い出す懐かい匂い、と思いたいけどただ単に臭いだけ。

のどかな村です→

↓右の看板は注意を喚起しているコヤツに破壊されてしまったとの情報が・・・。

あるワケないし。
でも、こんな人里にコヤツが出てくるなんて、考えただけでも恐ろしや。

再び湖畔に戻り、15時すぎに「宮ヶ瀬ダム・水とエネルギー館」の門を入ります。
↓そしてしばし、ダムを堪能します。





宮ヶ瀬ダムは平成13年にできた比較的新しいダムで、重力式(ダムの重さで水を堰き止めるタイプ)のダムとしてはコンクリート使用量日本一、高さは国内6位の156m、総貯水量は1億9300立方メートルを誇っており、水・電力の供給、治水等の役割を担ってます。

そして周辺は一大リゾート地となっており、湖畔遊園地では年末になると巨大なクリスマスツリーが飾られるので有名。
因みにダム辺りは清川村と愛川町の境界線が走っております。

渇水の影響?→

見晴らしよろし→

↓遠く横浜みなとみらい地区の摩天楼もかすかに見えます。

夜景はきっと素晴らしかろう。

下を覗く→
こえ~。高所の超苦手な私が、へっぴり腰になってどうにか収めた一枚。

↓下へ行くには、無料のエレベーターと有料のインクラインを使う2通りありますが、まずはエレベーターを使って下へ。

ここは完全に愛川町。

見上げる→
観光放流がされる日があるのですが、通常4~11月の水曜、第2・4金曜、第2日曜の11時と14時。曜日も時間も完璧に外してしまってます。

↓貸し切り状態のインクラインでゆっくり4分かけて上へ。


首都圏にある超大型ダム。車でないと行きづらい所ではあるのですが、特にダム萌えの方、ぜひ迫力をご体感あれ。

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155日目 5回目金運神社参拝と山梨の横浜村

2016-07-19 23:48:44 | 甲信越
2016年6月11日(土)


以前も予告しましたが、毎度お馴染み・新屋山神社参拝へ今年は日帰りで行ってまいりました。これまでの参拝→1年前2年前3年前4年前

5時半に出れば渋滞にハマらずに済むだろうと思いましたが、そうは問屋が卸さず(?)、恒例行事の中央自動車道の渋滞に飲み込まれてしまう。
↓渋滞の巻き添えを食らって、合体してしまったお気の毒な車もあったし。


↓千葉から100kmの藤野PA(神奈川県相模原市緑区)で小休止。

2時間半もかかりました。中央道イヤすぎる。

「緑のラブレター」がPA目前にあります→

尻隠して頭隠さざる富士山→
手探りで適当にデジカメをいじって写したら、奇跡的にうまい事撮れておりました。
この後富士山は、ガスを全身に覆っての隠遁術で二度とお目にかかれず・・・。

↓9時にやっとこさ河口湖ICを降りて、まずは新屋山神社本宮へ。

昨年から祝詞台にも入れなくなったばかりか、お祓いすらもしてくれずにけんもほろろな扱いだった神様でしたが、今年はお祓いして戴けました。
でも一方で、富士山型の羊羹やお菓子のお配りはなくなった模様。

次に奥宮へ。
↓一週間前の6月5日に起こった、マイクロバスとワゴン車との衝突事故現場。

危ないんだよな~、ここらへんの交差点。
実際、別の場所ですが、以前、脇から出てきた車にヒヤリとしたことがあったし。

新屋山神社奥宮→
超霊力たっぷりの環状列石(ストーンサークル)が今年の5月31日に撤去されてしまっていました。
それでもがめつく、跡地でグルグル3度廻って拝んできましたが(ご利益あるよね?)。

参拝後にはイギリスの例の件があってイヤ~な感じでしたが、この間の参院選で与党が圧勝したし、近いうちに金融緩和しそうだし、秋になれば経済対策と称してお金を蒔いてくれそうだしで、何となく気分的に上げ潮の雰囲気。
経済に詳しい知り合いの会社社長は、これから株が上がると言って、せっせと漁り始めたので、我も一丁、乗ってみるか!
もし儲かったら、神様、スゲーぞ。

↓山中湖の北側を走って、国道413号線で道志村(どうしむら)入り。


↓国道沿いにある「道の駅どうし」に立ち寄ります。





道志川っぺりにある道の駅。鮎釣りにしている人がチラホラ。

↓ちょうどお昼だし、食いもん食いもん・・・。




↓いろいろ目移りしたけど、選んだのはやっぱり鮎。

ところで、これって、天然だよね?、天然のハズ・・・。

↓和出村(わでむら)地区





通りかかった際に景色が気になったので車を停めました。
春は桜、秋は紅葉でキレイらしく、道志川に架かる橋がいい味を出しております。

(597)山梨県南都留郡道志村役場
1700人あまりが住む自然豊かな村。
ローマ字表記「どし」がちょっと笑える。

↓村の全容はこんな感じ(道の駅にあった案内板)。

左下から右上に向かう一本のスジが国道413号線で、別名・道志七里。

明治30(1897)年から横浜市が道志川の水を取り始めて以来、道志村と横浜市とは友好な関係が続いていて、村のキャンプ場や公衆浴場などを横浜市民が使うと割引サービスがあったりするほどの仲の良さ。
両自治体の関係については村のHPにも詳しく載っております。

横浜と言わず、首都圏の骨休め場所としてもいいと思いますよ、道志村。
温泉もありますし。
是非お越しあれ!

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4年目の集計

2016-07-08 23:44:30 | その他
お暑うございます。

いつか投げ出すんじゃないか、そう思いつつも何とか4年間生き長らえた市区町村巡りの、年1回の進捗状況報告でございます。


市区町村(前年比)行った市区町村数/市区町村数    割合 

合 計(+95)      642/1916   33.5%

市町村(+88)      596/1741   34.2%
政令市(+7)        46/175    26.3%

北海道(+13)       41/179    22.9%
札幌市(+2)         2/10     20.0%

青森県(+2)        17/40     42.5%
岩手県(+3)        11/33     33.3%
宮城県            17/35     48.6%
仙台市             1/5      20.0%
秋田県             0/25        0%
山形県            21/35     60.0%
福島県            23/59     39.0%

茨城県            16/44     36.4%
栃木県            11/25     44.0%
群馬県            17/35     48.6%
埼玉県            20/63     31.7%
さいたま市           5/10     20.0%
千葉県            17/54     31.5%
千葉市             1/6      16.7%
東京都(+3)        17/62     27.4%
(うち特別区          5/23     21.7%)
神奈川県           13/33     39.4%
横浜市             4/18     22.2%
川崎市(+2)         5/7      71.4%
相模原市            0/3         0%

新潟県            14/30     46.7%
新潟市             0/8         0%
富山県(+2)        12/15     80.0%
石川県(+8)         8/19     42.1%
福井県             2/17     11.8%
山梨県            16/27     59.3%
長野県            22/77     28.6%
岐阜県(+3)        20/42     47.6%
静岡県(+3)        19/35     54.3%
静岡市             3/3     100.0%
浜松市             4/7      57.1%
愛知県(+8)        14/54     25.9%
名古屋市(+1)        1/16      6.3%
三重県(伊勢・志摩)(+2)  7/22     31.8%

三重県(伊賀・紀伊)      2/7      28.6%
滋賀県             9/19     47.4%
京都府             7/26     26.9%
京都市             1/11      9.1%
大阪府(+3)        10/43     23.3%
大阪市             5/24     20.8%
堺市              2/7      28.6%
兵庫県(+14)       17/41     41.5%
神戸市(+1)         3/9      33.3%
奈良県            10/39     25.6%
和歌山県           11/30     36.7%

鳥取県             4/19     21.0%
島根県             0/19        0%
岡山県(+6)        17/27     63.0%
岡山市(+1)         3/4      75.0%
広島県             6/23     26.1%
広島市             3/8      37.5%
山口県             9/19     47.3%

徳島県             9/24     37.5%
香川県(+7)         7/17     41.2%
愛媛県             9/20     45.0%
高知県            11/34     32.4%

福岡県            21/60     35.0%
北九州市            1/7      14.3%
福岡市             2/7      28.6%
佐賀県             9/20     45.0%
長崎県             8/21     38.1%
熊本県            15/45     33.3%
熊本市             0/5         0%
大分県             5/18     27.8%
宮崎県             6/26     23.1%
鹿児島県            8/43     18.6%
沖縄県(+11)       11/43     26.8%


実感は全くないのですが、何だかんだで3分の1に到達しました(よくこんなにほっつき歩いたもんだけど・・・)。
このペースで行けば8年後には終わってしまいますが、たっぷり離島なんかを残していたりと、それは1万%以上不可能ではありますが、でもまあ、そんなに慌てる必要もないので、次の4年間で全体の半分をクリアできればいいかなと。
そんなワケで5年目に突入でございます。

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153・154日目 大阪の山を下りたらそこは旅の終着地

2016-07-07 23:53:03 | 近畿(大阪・兵庫)
2016年5月6日(金)・7日(土)


能勢町と大して変わり映えのない感じの豊能町(とよのちょう)が次の目的地。
(595)大阪府豊能郡豊能町役場
ここ10年で5,000人位減ったとはいえ、それでも約2万人を抱える町。役場周辺を見る限りそう見えないけどね。
キャッチフレーズは「人とみどりが輝くまち とよの」で、「住みたいまちナンバーワン」を目指している志の高い町であるのだけど・・・。

地図をよ~く見ると、役場東側の山奥に何故かポツンと巨大な住宅街があったりする。
違和感を覚えるこの団地は、「希望ヶ丘」という地区の「北大阪ネオポリス」。
もちろん鉄道など来てはおりませんので、唯一の公共交通機関であろうバスを使っても一番近い駅まで余裕で1時間はかかるんじゃないか?そのくらい利便性がハンパなく悪い場所(に思える)、これこそまさに「陸の孤島」。
故に、笑っちゃいけないのだけど、「望ヶ丘」と揶揄されているらしい。

ま、案外あちこちでこんな住宅街を目にするので、ここだけが犠牲者というワケでもないんだろうけど・・・。

鉄道の駅は町内にあるのだけど、役場周辺から相当遠い町の西の端っこで、そこへ行くのにまともな道路一本すらなく、よその市町を廻らないと辿り着けない有り様。
能勢電鉄の駅から役場を結ぶ快適道路を作らないと町が荒む一方なんじゃないかと。

どこか見所がないかと目を皿にする→

↓でも「これは!」と思う所もなく、雨風強い中、役場のある余野地区をブラブラしてみます。


役場前の道路(国道423号線)→

↓のどかな町です。




↓思いがけず出会ったこの看板にビックリする。

「関西人は納豆が嫌い」というのは、実は都市伝説なのでしょうか?

高山地区→
江戸時代の禁教令によってマニラに追放され、そこで病死したキリシタン大名・高山右近の出生地。
役場に飾られている垂れ幕にもあるとおり、右近の没後400年にあたる昨年、日本のカトリック教会が彼を殉教者として「福者」に認定するようバチカンに働き掛け、今年になって晴れて認定。
因みに「福者」とは、最高の崇敬対象となる「聖人」に次ぐものらしい。

↓細い山の中の道路を走って箕面(みのお)市に入り、日本の滝百選の一つ・箕面大滝の駐車場に到着。

ゴールデンウイーク期間中は17時まで有料のところ、それを過ぎた時間にやってきたのでロハ、ラッキー。
秋になると辺り一帯は紅葉が素晴らしいようです。

「出くわさザル」が一番いいのだけど→
箕面と言えばサル。
研究と観光を目的に昭和29(1954)年にニホンザルの餌付けを始め、昭和31年には天然記念物に指定を受ける(餌付けした動物を天然記念物とは変な気がする)。
ところが、察しは付くと思いますけど、餌付けに慣れたサルは次第にエスカレートして、(人間にとって)いろいろな迷惑行為をしでかすようになったので、平成22年に「箕面市サル餌やり禁止条例」が施行される。

↓もう一つ、箕面と言えば(知らなかったけど)「もみじの天ぷら」。

それを買いたいと思っていたのですが、お店やってないし・・・。
片方の看板の「モンちゃんせんべい」とは、サルの焼き印が入った瓦せんべいなんだそう。

ここを下りて行きます→

マイナスイオンたっぷり浴び・・・→
た気がしません。曇天なので。人もポツリポツリで寂しいし。

「宝くじ発祥」の瀧安寺(りゅうあんじ)も行くつもりだったのですが、ついつい忘れてうっかり山から市街地に下りてきてしまう。

阪急電鉄・箕面駅前→

↓面白い形の駅前だなと思ったら、これ見て納得。

昔は線路が音符みたいな形をしていて、降車と乗車場所が別々だったという。

滝の道商店街→
ここの「もみじの天ぷら」屋さんもお休みかよ・・・。
その名のとおり、ここから歩いて滝に行かれます。その途中に箕面とどういう関係があるのか知らないけど、あの野口英世博士の像があったりするらしい。
約3kmの緩やかな坂道みたいなので、ハイキングがてら自然を楽しみながら登っていくのもまたよし。

ところが、コンビニであっさり「もみじの天ぷら」を発見!→
モノホンのもみじの葉っぱを揚げた、かりんとうのような感じの甘いお菓子。
お土産に買って帰ったのですが、家の人にはかなり受けのいいお菓子でありました。

みのお本通り商店街→

↓有名ドーナツ屋さんの、栄光の「1号店」。

私はこのお店に滅多に入らないのですが、敬意を表して珍しく購入する。

箕面公園通り→

街中をウロついているうちにあたり真っ暗になってもうた市役所。
(596)大阪府箕面市役所
人口は約13万3千人ですが、何といっても「大阪の高級住宅街」として名高く、著名人も多数お住まいのようです。そのせいか財政力指数は大阪府でも上位。
ところが、今月1日配信のyahooニュースでは、「落ちぶれる大阪の高級住宅街」として箕面市が紹介されておりましたけどね・・・。

これで、後は千葉に帰るだけです。
20時10分に茨木ICから高速道路に入り、途中の土山SA(滋賀県甲賀市)、浜松SA、海老名SAでの休みを挟んで、ヘロヘロのフラフラになって帰宅したのは、街がボチボチ活動を開始し始めた7時12分。
♪つらし、ねむたし 朝帰り たまにはこんなムチャクチャいいワ(?)

前日からの走行距離675km、都合1,661kmの旅でございました。

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153日目 兵庫県ばかりじゃ芸がないので・・・ 

2016-07-02 23:54:11 | 近畿(大阪・兵庫)
2016年5月6日(金)


県道68号線の山ん中を突き進み、宝塚市を経由して猪名川町(いながわちょう)へ。

道の駅いながわ→
旨い蕎麦が食べられるというので立ち寄ってみたワケなんですが・・・。

見事な肩透かしじゃ→
連休の谷間だし、サービスを提供する側も休んでおかないと過労死まっしぐらだから仕方ない・・・。

石像となっている「いなぼう」とは、この町のマスコットキャラクター。
猪の子どもの「うりぼう」をモデルとして、猪名川の「いな」と、うりぼうの「ぼう」で「いなぼう」。

斜め向かいにあるコンビニで一服し、再び街中に向かって走らせます。

高さ30mの岩壁「屏風岩」→

(593)兵庫県川辺郡猪名川町役場
川辺郡に属するたった一人ぼっちの自治体。昔は宝塚だとか尼崎だとかの方まで広がっていたのに・・・。

↓見てのとおり、猪の一頭や二頭が出てきてもちっともおかしくない田舎。

ですが、役場から東北方向約2.5kmの川西市との境に駅があり、そこへは行かなかったのですが、もしかしたら駅周辺は普通に街っぽいのかもしれません。
なので人口も31,000余人と、なかなか多いです。

町の歴史は古く、役場HPによると「その昔、東大寺大仏鋳造の際に、銅を献じたと伝えられている多田銀銅山を中心にひらけ、その名が示すように多田源氏ゆかりの地として武家文化の栄えた所」とあります。

↓役場の横に古い立派な茅葺きの豪邸が佇んでいたので潜入を試みます。


↓静思館(せいしかん)



冨田熊作さんという町の大富豪が総工費約10万円(当時は中谷村といったらしいですが、村の予算の倍以上!)を費やして、昭和7(1932)年から3年をかけて建てられ、昭和59年に町が譲り受ける。
入館無料。その名のとおり、心静かにしばし思いを巡らすには持って来いの場所で、この日のような雨の日は特にいいかも知れない。

猪名川町の名所といったら、何といっても町のHPでも触れた鉱山の、その跡地。
今年3月10日に国史跡に指定されたばかりのほやほやで、もちろん無視する訳ありません。

↓猪名川町銀山という地名の場所にある「悠久の館」。

ここは資料館にもなっていて、鉱山についての様々な展示物を見ることができます。

多田銀銅山とは、今の兵庫県・大阪府に跨る東西20km、南北25kmのムチャクチャ広い鉱山で、10世紀の終わり頃から本格的に採掘され、それは昭和48(1973)年まで続く。
そして特に品質のいい銀が取れたのが、ここ猪名川町銀山地区。
豊臣秀吉は直轄鉱山としたので、今でも秀吉ゆかりの間歩(まぶ・坑道のこと)が残っています。
そして何といっても、日本最大の埋蔵金伝説の地
秀頼の将来を案じて秀吉が4億5千万両を分散埋蔵したとされてる、夢のまた夢の地でもあります。

その裏手にある「代官所跡」→

↓悠久広場にある、明治時代に操業された「堀家精錬所」跡地。


アテなく埋蔵金を探しに、さらに山奥へと続く道を行きます。

銀山の最盛期には「銀山数三千軒」と言われるほどの賑わいを見せていたようですが、でも今では見る影もない、空き家ばかりの落ちぶれた集落。

金山彦神社は鉱山の神様→

さらにここから先にも史跡はあるようだけど、車一台通るのがやっとの細道。
この先、車を反転させられるスペースがあるかどうか怪しいのでここで引き返します。
雨さえ降っていなければ、ハイキングがてら埋蔵金探しに行ったのだが。
いつか本格的に探しに来てやる。待ってろよ、埋蔵金!
ただ、クマが怖いけど(いるかどうか知らない)。

長~いお付き合いだった兵庫県はこれにて(ずっと兵庫も飽きた)。じゃあね。
というワケで大阪府に乗り込みます。

↓軽くうどんか何かを食べようと思って来てみた「道の駅能勢(のせ)」。



能勢、お前もか! ここも絶賛閉店中・・・。

↓(594)大阪府豊能(とよの)郡能勢町(ちょう)町役場

地図をご覧になると分かるのですが、大阪府の北部には兵庫県と京都府の間をムリクリ割り込んだいったような場所があります。そこにあるのがここ能勢町。

↓とても大阪府とは思えない田舎町。



東京で言えば奥多摩のような所か?
町のHP内では、「町全体が田園と自然のギャラリーのようなものです」と言い切っているのだから、掛け値なしの田舎です。でも人口は1万人もいたりする。

長時間滞在は無用なので、さっさとお隣の町へ向かいます。

能勢町・猪の子峠手前の府道4号線→
実はこの道路、4年前に走った事があって、再びこうしてまた通るとはその時には正直思いもしませんでした。
その時に一部未舗装部分があってビックリしたのですが、あれからちっとも整備が進んでいません。

横は崖だったりする→
でもそんなに怖くありません。それよりも・・・。
対向車来るなよ!

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153日目 ネット配信記事に釣られて訪れた町

2016-06-26 14:32:41 | 近畿(大阪・兵庫)
2016年5月6日(金)


今月11日に毎年恒例の金運神社に行ってまいりました(後日アップします)。

このところ我が国の経済状態はあまりよろしい感じはなく、その煽りを食って(?)今年に入ってからは私の金運もサッパリなので上昇祈願に行ったワケですよ。
しっかりお参りしたし、これでよろしき便りをひたすら待つだけと考えていた最中の先日、以前から非常に気になっていたイギリス住民投票がついに行われ、

EU離脱決定!!

のよもやの衝撃的結果に。

EU残留→米利上げ→日本金融緩和→景気が上向く→私の懐が暖まる、きっとそうなる筈だと思い描いていた青写真は一気に遠のくどころかかなり怪しい状況に。
行った当初はそれなりの恩恵をもたらしてくれた神パワーはもう効かないのか?

何だか旅に出たい気が急激に萎えつつあります(とりあえずは7月の3連休は出かけますが、後は知らん)。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

↓一晩過ごした丹波市の「道の駅丹波おばあちゃんの里」
 
舞鶴若狭自動車道・春日IC近くにある道の駅ですが、ムダに余裕たっぷりの広い駐車場。遺跡もあったりします。
以前は春日町と呼ばれたこの地域は、あの春日局の出生地でもあります。

国道176号線を南下し三田市へ。
(592)兵庫県三田市役所
首都圏の人なら東京都心を走る地下鉄・三田(みた)線に馴染みあるので、ここを「みた」と呼んでしまうであろうけど、「さんだ」です(かく言う私もうっかり「みた」と言いそうになる)。

20年くらい前までは人口増加率上位の常連だったこの都市も、最近は頭打ちどころか微減気味の約11万3千人位。
さすがに都心回帰傾向・人口減少社会には抗えないようです。

ところで市役所前の道路は車の交通量がとても多く、役所の駐車場料金が他の市中のそれよりいくらか安いせいかそこへ出入りする車も結構ある上、人は横断歩道を悠然と渡るので、朝のラッシュ時も重なって大混乱する事しばしば。
信号を設置すればいいのだろうけど、すぐ近くに交差点と踏切があるのでそうもいかないのかも知れない。

↓市役所東側に位置するJRと神戸電鉄が乗り入れている三田駅。


神戸電鉄のホーム→

JR改札口→ 
左のちっちゃなセブンイレブンは、前々日6時40分にオープンしたばかりの新参者。

↓駅前商店街は狭い上に、駐車車両があると他の車は大迷惑。


この通りをまっすぐ進むと武庫川にで出ます。
相生橋より駅方向→

同橋より市役所方向→

神戸電鉄・三田本町駅近く→
昔ながらの落ち着いた雰囲気が感じられる街並み。

↓「ファミコンショップ」と看板を掲げてはいるけど・・・。

さすがにかつてのファミコンソフトはどうなんでしょ?

さて今年の3月6日に、「あの道 この坂 昔の地名を訪ねます」というNPO法人・歴史文化財ネットワークさんだが企画したイベントがyahooニュースに紹介されていたのをご存知でしょうか?
その記事はもう削除されているみたいですが、配信源となったらしき神戸新聞社の記事はまだ見られます。

そんなワケで、それらを実際にこの目で見てみようという次第。

大蔵坂、またの名を歌仙坂→
「江戸時代、この坂に面して三田藩の蔵があった。また、かつては緩やかな階段が三十六段あったので三十六歌仙にちなんで歌仙坂ともいう」とは写真右下にある案内板。

ころび坂→
「急坂なので冬の凍てつく頃はもちろん、普段でも人がよく転ぶのでこの名が付いた」くらい、確かに角度はきついです。

極めつけは「牛くそ坂」→
年貢米を蔵へ収める時、坂の途中で牛をつないでいたという。
寅さんじゃないけど、当時は「坂の周りはクソだらけ」だったんだろうね。

ま、地名の由来なんて案外単純なもんだと思いますよ。

違和感ある教会の門→
西洋宗教のものにしては珍しく和風建物かいなと錯覚を起こしそうですが、隣に立派な普通にイメージされる教会建物があります。

妙三寺→
詩人・三好達治氏が幼少期に過ごしたというお寺さん。

↓日本初の民間の博物館は三田だったんですねえ。


旧九鬼家住宅資料館→
旧三田藩家老が明治初期に建てた、全国でも珍しい和風・洋風が混在した建物。
あいにくこの日は休館でしたが・・・。

三田市散策を終え、降り出した雨の中、国道176号線をさらに南下し神戸市北区へ。
でも途中で通行止めの箇所があって通せんぼとなっております。
理由はコレ→
記憶に新しい4月22日発生した建設中の新名神高速道路橋桁落下事故現場です。
あれから2ヶ月、今はどうなっているのだろう?

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152日目 丹波の小京都・篠山を歩いてみた

2016-06-21 23:52:01 | 近畿(大阪・兵庫)
2016年5月5日(木)


今だにうっかり「しのやま」と読んでしまうことも多い「ささやま」が今回のお話し。

前々編(竹田城編)で「連休にどこへ行った?」の話しをしました。
当然、篠山も言いました。が、皆「?」という表情を浮かべるので、「丹波篠山ね」と言い直すと「あ~!」とのリアクション。
「丹波」が入る入らないは天と地の差のようで・・・。恐るべし「丹波ブランド」。

ただ、どこにあるのか知らない人がほとんどだろうけど。
何県にあるすら知らないんじゃないかな。

↓まず真っ先に向かったのは桐ヶ城と呼ばれる篠山城跡。



慶長14(1609)年、徳川家康の命を受けた築城名人と名高き藤堂高虎や池田輝政が、1年余の突貫工事で築いた「笹山」という小山を利用した平山城。
だから「ささやま」なんだろうけど、それがどういう訳だか「篠山」に変わってしまう。
でも、いくらなんでも「篠」を「ささ」と呼ぶのは無理があるよなあ。

↓平成12年に復元された大書院内の一番の格式高い部屋。

大書院は篠山城築城とほぼ同時期に建てられ、以来藩の行事に使われ、明治維新後は公会堂などとして使われるも、昭和19(1944)年に焼けてしまう。

大書院の南側→

そして南堀の方→
丹波だな~って感じの風景に癒される。

(591)兵庫県篠山市役所
何てたっていわゆる「平成の大合併」によって誕生した自治体栄えある第1号
しかもそれは平成11年で、唯一の1000年代というオマケ付き。
恥ずかしながら私が篠山という地名を知ったのもこの時でございます・・・(当時、今ほどは旅熱に浮かされていなかったので、知らん地名も多かった)。

篠山だけに(?)「さっさと」合併に持っていったので、「篠山詣で」という言葉が生まれるほど全国からの視察が絶えず、平成の大合併のモデルケースともてはやされる。
ですが、良かったのはここまで。
ありがちな話ですが、行政お手の物のハコもの作りに精を出しすぎたため今は借金で大変なのだという。
いつだったか見ていたのですが、NHKのある番組で失敗のモデルケース(?)として題材に取り上げられてしまう。

でもそんな事は市民以外は眼中になく、この日も観光客で大賑わい。
ただ、電車で来るには篠山口という駅からかなり離れていて不便極まりない。
昔は市街地近くまで国鉄が走っていたようですが。

↓お城の東側にある「河原町妻入商家群」へ。







旧街道に面した昔の名残を残す街並みで、篠山の商業の中心地として栄える。

南堀沿いを通って、御徒士町(おかちまち)という武家屋敷が並ぶ通りへ。


武家屋敷安間家史料館→

これら篠山城・河原町妻入商家群・武家屋敷一帯は、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、篠山観光のハイライトといってもいい部分。

↓入る事能わざりし、お城の北側にある「青山歴史館」。

旧藩主の別邸で、江戸時代の歴史文化を学べる品々を多数展示しているとの事。

↓来た時には車の運転にはジャマなくらい多くの人がゾロゾロと歩いていましたが、18時のまだ明るい時間にもかかわらずウソのように人が引けてしまった商店街。



郷土料理・ぼたん鍋の看板・幟が目立ちます。そろそろハラの減る時間だし、みんなお店へと消えて行ったんかな?

このお店は異彩を放っておりました→

再び丹波市へ戻ります。
↓本格薬草風呂が売りの「丹波の湯」でさっぱり。


↓「道の駅丹波おばあちゃんの里」でしばしの休息。


この日の走行距離142km、千葉を出てから986km。

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152日目 本州一低い太平洋と日本海の境

2016-06-17 23:27:13 | 近畿(大阪・兵庫)
2016年5月5日(木)


但馬地域とはお別れして、和田山ICから北近畿豊岡自動車道で一気に兵庫の丹波地域に乗り込みます。
丹波とは兵庫県中東部と京都府中部が範囲の旧国名で、黒豆とか栗なんかが有名な所。

(590)兵庫県丹波市役所
平成16年に氷上(ひかみ)郡の6つの町が合併して誕生した市で、市役所は旧氷上町にあります。
旧国名を拝借している自治体は全国あちこちにあるので、それ自体決して珍しい事でもないのだけど、とりわけここ丹波の場合は他の旧丹波国内の多くの自治体から「待った」がかかったみたいです。
要は「丹波」というブランドを安易に使ってくれるな、と顰蹙を買ってしまったらしい。
でも外野の声にブレることなくまんまと「丹波」を名乗るあたり、なかなか神経が図太い。

遥々やって来た氷上の街ですが、特に見たい所はないのだけど、せっかくなのでサラッと軽く見て歩いてみます。

↓街中にあったバスケのゴール付き観光案内図(観光案内図付きバスケのゴール?)に従ってご案内しましょう。

街中にデンと構える甲賀山(こかやま)を中心に時計回りに歩きます。

↓「氷上町役場」とある箇所が今の市役所で、その横に流れる川の橋南側。


↓加古川に沿って南へ歩くと、なかなかオサレな建物があります。

丹波市立植野記念美術館。
私は美術には全く造詣のカケラも持ち合わせていないのですが、結構出入りする人が多かったので、もうすぐお辞めになる某知事さんが見ればきっと気に入ってくれる美術館のハズ?

氷上のシンボル・甲賀山の南側より→

↓どういうワケだか、立派でデッカイお屋敷がとっても多い。


ひっそりした山の西側の商店街→

↓古い建物もかなり目につく商店街でもあります。

右のいかにも豪商っぽい建物は、あまり似つかわしくないけど、お医者さんのようで。
因みに右下にチラリと写っているナメクジっぽいものは「丹波竜のちーたん」といい、市内で発見された中生代白亜紀前期(1億1千万年前)の恐竜化石に「丹波竜」というニックネームが付けられたのですが、これはそれのマスコットキャラクター。

そんなワケで市役所周辺はこれで終わりにして、次に丹波市が一番誇れる名所かも知れない場所へ。

いかにものんびりした雰囲気の山里→
この変哲もない道路。でもこれがある意味、日本のてっぺんとも言える所。
? 何のこっちゃ??でしょうが、種明かしは道路を山の方へ向かって歩くとあります。

神社入口に来ます→

↓上の写真のチラリと見える赤い橋から歩いてきた方向を見る。


橋の背中にはコレ→
ここはというと、左が瀬戸内海(太平洋)、右が日本海へ流れる川の分かれ目。

日本列島に降った雨水は太平洋と日本海のどちらかに分かれますが、その境界線を「中央分水界」といい、まさに日本列島の背骨とも言える線ですが、本州においては端っこを除いてはここら辺がその一番低い所(標高約100m)。
ですので、太平洋側と日本海側を行き来する場合、大抵の場合は高い山がその行く手を阻むのですが、ここを通っていくのが本州では一番ラクなコース。
因みに日本で一番低いのは北海道・新千歳空港近辺のよう。

それにしても日本海側への川は分かれるや否や早速暗渠になってしまっていて、水の分かれ目という雰囲気があまりないのは甚だ残念。

ここ「水分れ公園」は憩いの場所→

↓これは柏原(かいばら)地区にある、ケヤキの根が太く成長して川を跨いでいることに因んで名付けられた「木の根橋」。

どんなものかちょっと興味があったので寄ってみただけです。
合併前は柏原町と呼ばれたこの地区は元城下町で、国の史跡・柏原藩陣屋跡があったりなど、散策にはなかなか良さげな感じ。

↓次に向かったのは、丹波と言えばここ!といってもいいくらいの有名地。



続きは次回。

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152日目 日本のマチュピチュから見る壮大な眺め

2016-06-10 22:38:16 | 近畿(大阪・兵庫)
2016年5月5日(木)


前日から楽しんできた朝来(あさご)市ですが、いよいよ大トリを務めるのは朝来の、というより最早日本の山城のシンボルと言ってもいいかも知れない天空の城・竹田城。

特に説明不要ですね、これ(竹田城公式HPより)→

と思いきや、この連休にどこへ行ったかのかよく聞かれたので、「アレとかアソコとか竹田城とか云々」と答えると、ナント半分くらいの人は「竹田城?(どこ?それ、という意味)」という反応でした。
残念ながら旅行や歴史・城好きなどという人以外には、まだまだ全国区には達していないようでございます・・・。

それでも有名観光地には違いありません。
↓城址に登る気マンマンだったので、車を止めようと街中をウロついたのですが駐車場はどこもいっぱい。


仕方ないので、城址西側の山へ向かいます。
↓途中で潜った播但道のアーチ橋「虎臥大橋」が美しい。


↓「山城の郷」に車を停めます(周辺図も竹田城公式HPより)。




 

↓城址の途中までバスやタクシーで運んでくれはしますが、私は健康的に(?)自力でいわゆる西登山道(2.1km)から城攻めをします。

ところが、この日は気温25℃くらいだったと思うけどムチャクチャ暑いの何の。
おまけに日焼け止めを塗っていなかったので、登って下りて来たら露出部分はいい焼き色に変化してしまってるし・・・。

それよりも・・・。
イヌを普通に散歩するが如く連れていた人がとても多く、とりわけ小型犬にとってはアスファルトの照り返しはさぞ強烈だったろう、熱中症になりはしないかとハラハラする。抱えて歩くとか、どうにかならんものかと。

↓「山城の郷」からせっせと歩くこと20数分、料金所に(入場料は¥500)。

案内板には所要時間は徒歩で約40分とあったけど・・・そんなにかかる?

↓やっとこさ城址へ。



「虎臥城」という別名を持つこのお城は、1400年代中頃に但馬守護・山名宗全によって築かれ、標高353.7mに天守台があって、規模は南北400m、東西100mに及ぶ。

天守台→
ここは今年の3月から入れるようになったと、ガイドさんは言っていたような気が。

↓登ってきた甲斐があった、心からそう思えるよき景色でございます。




下の竹田駅周辺の街並みも趣きがあるので、ちょいとばかり散策します。
その前に腹ごしらえ→
虎臥屋さんの「ぼっかけ丼(¥850)」。
但馬牛のスジとコンニャクを甘辛く煮込んだもの(すじこん)をご飯の上に乗せたものですが、とりたてて感動はなし。
私の行きつけのラーメン屋に置いてあるすじこんの方がよっぽど旨い。

竹田駅→

駅近くの街並み→

旧木村酒造場EN
明治期築の建物をリニューアルし、ホテル・レストランなどが入った複合商業施設として平成25年にオープン、竹田城を深く知ることのできる情報館もあります。

↓古い建物・土塀のわりに違和感を覚えた暖簾「HOTEL」。


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152日目 八鹿と和田山の街を朝ぶら

2016-06-08 23:39:23 | 近畿(大阪・兵庫)
2016年5月5日(木)


ぐっすりと寝ていた1時20分頃、いきなり下からドーンと突き上げるような縦揺れらしきを感じ、以来しばらく心臓がバクバクしていたからか全く寝付けなくなり、悶々とした一晩を過ごす。
その時はてっきり地震かと思ってましたが、後日地震情報を見たらそんな記録は一切なかったので、もしかしたらトラックの揺れなのか、或いは夢で見ていたものを実際に起きたものと勘違いしたんだろうか?

↓そんなこんなで、寝不足のまま迎えてしまった養父(やぶ)市の「道の駅但馬楽市(たじまらくざ)」の朝でございます。


(588)兵庫県養父市役所
平成16年に八鹿(ようか)町、養父町、大屋町、関宮町が合併してできた、現在25,000人程が暮らす市。
役所は旧八鹿町にあります。ですので、街散策は八鹿地区のみにします。

上写真の真ん中の小佐川(おさがわ)は、新町橋下で右からの八木川と合流してます。
新町橋から見るとこんな感じ→

市役所庁舎敷地内にて→
ついこの間終わってしまったイベントを今更紹介してもしょうがないんだけどね・・・。
それと前日さんざん巡っていた「鉱石の道」についても、養父市部分のメイン・明延(あけのべ)鉱山は初めから行く予定はなく、重ね重ね申し訳ない、養父市。

↓八木川の左岸側の商店街。




↓昔ながらの卯建のある建物が見られます。


至る所で見られたツバメの子育て→
引きもなくエサを運んでくる姿を見ていると、自分の持て余す暇時間をあげたくなる。

左岸側へ→
お祭りはまさにこの日。甘茶の接待付きの花祭りなんだそう。

↓どこにいても妙に目立っていた八鹿病院。

養父にある病院だけあって、ヤブ医者ばかりか?(笑)
というのは冗談だけども、でも冗談ではなく「ヤブ医者」の語源が養父が由来だったという。
養父市HP内のそれについてのページには、元々は「藪医者の語源は、養父の名医 」とあり、今とは真逆な意味だったのだという(そもそも「ヤブ医者」の語源については諸説あるようですが)。
そして町おこしの一環として、僻地で頑張っている若手医師にスポットを当てて顕彰する「やぶ医者大賞」が開催されたりしてます。
因みに養父という地名の由来は、古くは居住者がおらず、草木が叢生していてまさに藪だったからなんだとか。これにはワロタ。

八木川が合流する円山川沿いにある道の駅→
腹具合がおかしくなったので立ち寄っただけ。

(589)兵庫県朝来(あさご)市役所
平成17年に和田山町・生野町・山東町・朝来町が合併してできた市で、人口は31,000余り。
訪れた時は新庁舎の工事中でしたが、7月1日にはめでたく開庁するらしいです。
小さくて見づらいのですが「住みたい田舎ベストランキング全国第1位」の横断幕が掲げられています。
このランキングは、宝島社「田舎暮らしの本2月号」に掲載されたもの。

↓町興しには「大河ドラマ」と並んで、これが一番手っ取り早い方法なんだろうね。

因みに前回の朝ドラは題名が縁という事で、朝来市が放送局の許可を得て「勝手に応援」していたんだとか。
だからこの願いを叶えてくれるかもよ・・・。

↓鉄ファンには知名度高い、朝来市の代表駅・和田山駅へ。

山陰本線と播但線が乗り入れる要衝駅。

↓明治45(1912)年に建築された見た目ボロボロの駅名物の車庫。


↓駅前と駅東側に伸びる商店街。




↓駅の北側を流れる円山川の東河橋(とがはし)より。

こんな風景を見ていると、確かに「住みたくなったしまう田舎」に感じてしまう。でも私には「ずっと」住むのは無理かな・・・。
「お豆さん」で有名な会社の工場がデンと構えていて、「丹波黒豆」の看板も見えるので、朝来は丹波だと一瞬錯覚してしまいそうですが但馬にあります。

街をフラフラして市役所に戻る→
これから熊本に向かうんですかね?

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151日目 朝来の「鉱石の道」(2)

2016-06-05 23:50:05 | 近畿(大阪・兵庫)
2016年5月4日(水)


続いて神子畑(みこばた)鉱山の方へ車を走らせます。
↓神子畑鋳鉄橋(ちゅうてっきょう)



明治18(1885)年の架けられた現存する日本最古の全鋳鉄橋で、国の重要文化財。
神子畑鉱山からの鉱石運搬のために建設された神子畑-生野間16.2km、幅員3.6kmの馬車道(鉱山道路)が神子畑川を横切るための橋。

次に、程近い神子畑選鉱場跡へ。
↓因みにこの周辺の地図(「鉱石の道」のサイトより)。


↓約6km離れた明延(あけのべ)鉱山(養父市)から運ばれてきた鉱石を亜鉛や銅、スズに選鉱した場所。
 


もう日が暮れるようかという時間だからか、場の雰囲気は虚無感・廃墟感たっぷりで、時計の針が止まったかのような空間。

今では見てのとおり、22段あるという建物基礎部分とインクライン(ケーブルカー)の廃線、シックナーなどが残るだけですが、選鉱所自体は昭和62(1987)年の明延鉱山閉山後、操業を終了し閉鎖されてもなお、しばらく建物は残っていたという。
ですが、平成16年についに撤去・解体。

↓明延鉱山閉山と同時に廃止された「一円電車」。

神子畑-明延を結んでいたので、正式な名は「明神電車」。
私が小さい頃はまだこの電車(といっても電気機関車が客車を引っ張っていたっぽいけど)は現役バリバリで、当時の小学生向け雑誌に「たった1円で乗れる鉄道があるんだぞ」などと小学生物知り博士のための記事として載っていたのを記憶しています。

ただ、どこを走っているのだか全く分からず、いつしかこの鉄道の事など記憶の彼方へと吹っ飛んでしまっていましたが、今回この旅に出るにあたって事前の下調べしていた際にここを走っていたのをようやく知り、併せて当時の記憶もブーメランのように戻ってきた次第。

因みにこの鉄道はここから走っていたのではなく、インクラインの上から明延へ向かっていたよう。

中に入ってみる→
客車というより人運搬箱ですな。
大人が二人向かい合って座ると、膝を突き合わせるどころか、相手の吐息まで感じられそうな狭さ。夏なんかはむさ苦しそうだ。

↓ムーセ旧居(現在はムーセハウス写真館)

生野鉱山開発のため明治政府によって招かれたフランス人技師のうちの一人、ムーセさんの元住居。
彼が日本を去った後の明治20年に神子畑に移築され、事務舎・診療所として利用される。

こういう所だから、当然周辺も廃墟感が漂ってます。
小学校跡→

昔は旅館だったぽい仕舞屋→

右岸側の旧道→

↓この日のネグラは、養父(やぶ)市の「道の駅但馬楽市」。



宿泊施設もあるのだけど、そこはケチる。

美肌の湯「やぶ温泉」付きの道の駅ですが、レストランもあり、松阪牛などの全国のブランド牛がその血を引いているとされる、まさに和牛の始祖たる「但馬牛」の料理が味わえます。
因みにかの有名な神戸牛は、但馬牛のうち一定の基準をクリアしたものだという。
知らなかったわ。

ただ、ここに着いたのは19時半頃。オーダーストップは20時半だけど、店はいっぱいな上、待っている人がそこそこいる・・・。諦めて温泉に浸かる。

この日の走行距離140km、千葉を出てから844km。

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151日目 朝来の「鉱石の道」(1)

2016-05-31 23:51:01 | 近畿(大阪・兵庫)
2016年5月4日(水)


多可町をオサラバした後は山を越えてJR播但線沿線に向かい、今は朝来(あさご)市の旧生野町(いくのちょう)にやって参りました。

ステージは北播磨地域から但馬(たじま)地域へ移ります。
但馬とは旧国名の事で兵庫県北部一帯を指しますが、今回廻るのはその一部だけ。
そして、この日の残りは市町村訪問というより、どちらかと言うと観光に精を出します。

というワケで、平成19年に近代化産業遺産群に認定された「鉱石の道」へ。
↓話しを分かりやすくすべく、「鉱石の道」のサイトから引っ張ってきた地図。


↓ルートマップ(同サイトより)。というより寧ろ土地断面図。

有体に言えば、生野鉱山、神子畑(みこばた)鉱山、明延(あけのべ)鉱山の3鉱山とそれらに関する産業遺産群の事(詳細はサイトをご参照あれ)。

↓まずは「鉱石の道」の中でも一番の呼び物と思われる「史跡生野銀山」へ。



大同2(807)年から昭和48(1973)まで1,000年以上も金・銀・銅・亜鉛・スズなどを採掘し続けてきた鉱山。
信長・秀吉、そして江戸幕府が直轄し、明治政府が継承した後に三菱に払い下げられる。

とにかく来場者多し→
ここの知名度が高いのか、近くに超有名なお城2城もあるのでそのついでに来てみたのか分からないけど。
と思ったら、私は見ていなかったけどあの「びっくりぽん」に出てきたという実業家・五代友厚が生野銀山に関わっていたというらしい。ミイハアが多い?

こちらは右手にある出口→

鉱山資料館内にて→
蟻の巣のよう。何だか気色悪い。
実は坑道を見てからこの資料館に入ったのですが、最初にここを見てからの方が良いかもしれません。

坑道内のお決まりの人形→
顔がコワイ真剣。

削って持って帰りたかった。

「慶寿の堀切り」と呼ばれる江戸時代の露頭採掘跡→

鉱山を降りてきて、下界の口銀谷(くちがなや)へ。
そこは「銀山まち回廊」と売り出していて、鉱山町の佇まいを残す地域。

町の佇まいはこんな感じ→

  

↓現存している社宅では日本最古の「旧生野鉱山職員宿舎」。

閉館間際だったにも関わらず、中に入れてくれました。
応対してくれた案内係のおっちゃんは、「これが建てられたのが明治9(1876)年」などと閉館過ぎたにもかかわらず、サービス残業になってまでも(元々ボランティアかもしれないけど)親切にもガイドを買って出てくれる。

↓「今はないけど、俳優の志村喬さんが住んでいた家があってな。ホレ、あのマツの所。」

「寅さん」に出てた(後で「七人の侍」にも出演していたのを思い出したけど)程度しか覚えのない(私にとっては)馴染みの薄い俳優さん。
ですが、彼は生野の誇りらしく、ここは「志村喬記念館」にもなってます。

寺町通り→
その名前のとおり、お寺さんがズラズラと並んでいる通り。

姫宮神社入口→

↓神社への橋からの眺め。



市川という川沿いにはトロッコの軌道跡があります。

生野代官所跡にある「生野義挙碑」→
文久3(1863)年、尊皇攘夷の一派が農民層に働きかけて代官所を襲撃したいわゆる「生野の変」ですが、僅か3日で敗走する。
それより、愛想よく写させてくれた置き去りのワンがかわいい。

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151日目 北播磨地域はこれにてクリア

2016-05-29 23:53:25 | 近畿(大阪・兵庫)
2016年5月4日(水)


前編で先に西脇市から触れましたが、この日最初の訪問地は、平成18年に社(やしろ)町・滝野町・東条町とが合併してできた加東市。

↓(585)兵庫県加東市役所
 
市をアピールするためのマスコットキャラクターとしては地味な印象の「加東伝の助」のモチーフは、加東に釣り針を伝えたとされる「小寺彦兵衛」というお人。
全然知らないけどね・・・。
それに、立派なキャッチフレーズとは裏腹に住民は思うようには増えないようで、ここ最近は4万人あたりをウロウロしています。

↓市役所庁舎横にある、ツツジが取り囲む状ヶ池。

赤穂藩ゆかりの池であるようで、きっと今頃は役所周辺で「つつじまつり」が開催されていて大いに賑わっている(ハズ)。

加東市散策は市役所庁舎がある旧社町だけにします。
まずは千鳥川のほとりへ→
風薫る5月の早朝。目にも鮮やかな新緑、心地よい鳥のさえずり。とても気持ちが良い。我が家の近所にもこういう川があったらな、とかなり羨ましい。

↓川沿いの「新宮神社」で、遅まきながら旅の安全祈願。


「やしろ商店街」の入口手前→
写真には収まりませんでしたが、左側に「←赤穂四十七士の墓(観音寺)」という看板があります。

↓ドレドレ、どんなものかと見てみたけど、草が伸び放題で手入れされていなさそう。

夜になると人魂が飛び交っていそうな一見無縁墓地のようで、四十七士のものにしては貧相すぎる。
後で知ったのですが、観音寺は浅野家の祈願所だったため、江戸時代後期に四十七士の供養墓碑が建立される。どうやらそれは奥の立派なお寺さんにあるのかも。

商店街→

この商店街にあった自販機→
だいたいこの手の自販機で売られているのは、エ○本だったり、20年前の雑誌だったりで、しかもお金を入れてもモノが出てこないとか・・・。
でも普通の大衆週刊誌が売られ、しかも新刊。それなりにここで買う人がいる模様。でも、コイン投入口が塞がれているし、どうやって買えというのだろう?

銀座通りの「やしろ商店街」→
整然と並ぶ街灯・垂れ幕が美しい。

佐保神社→
北播磨第一の大社。故に「社」という地名になったという。

明治館→
旧加東郡の公会所で、平成4~5年に復元修理した建物。

間に西脇市を挟んで、多可町(たかちょう)へ。
(587)兵庫県多可郡多可町役場
ここも平成17年に中町・加美町・八千代町が合併してできた町で、役所があるのは旧中町。
シワジワ人口が減っていて、合併時25,000人ほどいたのが今では22,000人を少し下回っていて、早晩2万人を割り込むんだろうな。

↓多可町は「日本一の酒米・山田錦発祥のまち」でアピールする町。

「敬老の日」発祥の地でもあり、昭和22(1947)年、旧八千代町で初めて村主催の敬老会を開催したのがきっかけに、9月15日を「としよりの日」として祝日とすることにし、昭和41年に「敬老の日」として国民の祝日になる。
他には、「日本一の手漉き(てすき)和紙・杉原紙」が町の自慢。

↓平成2年まで走っていたJR鍛冶屋線の駅跡地の「あかね坂公園」。




↓ついでに鍛冶屋線の終着駅・旧鍛冶屋駅へ。



鉄道資料館(鍛冶屋線記念館)となっております。

西脇市訪問の際に触れませんでしたが、かつてあった市原駅舎(大正10(1921)年築)も同様に「鍛冶屋線市原駅資料館」として保存されています。

鍛冶屋地区の街並み→
鍛冶屋という地名だけあって鍛冶屋さんが多かったのだろうと容易に想像できるけど、実際近くにあった牧野鉱山から採掘された鉄をここで加工していたのだという。

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151日目 日本列島のド真ん中に立つ

2016-05-25 23:59:35 | 近畿(大阪・兵庫)
2016年5月4日(水)


今日5月25日は平成になって10,000日目なんだとか。
もうそんなに経ったのかあ、道理で歳取ったワケだ(苦笑)
昭和最後の日・平成最初の日は何をしたのか覚えているけど、10,000日目はこれといって記憶に残るような事はなかったな・・・。

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↓ガマの大合唱がBGMの「道の駅北はりまエコミュージアム(西脇市)」を7時頃発ちます。

夜は時折風雨が激しかったものの、何事もなかったような晴れの爽やかな朝。

まず先に加東市に向かったのですが、また西脇市に舞い戻ってきたので、本編では西脇市の事について触れます。
最初に訪れたのは「日本へそ公園」→
看板には、北・宗谷海峡の北緯46度、南・波照間島の北緯24度、東・択捉島で東経147度、西・与那国島で東経123度をそれぞれ東西南北の端とすると、その中心にあたる北緯35度と東経135度が交差する場所、つまり「日本のへそ」にあるのが西脇市だとの説明がある。

敢えてツッコミを入れるなら、日本の北端は択捉島(北緯45度)だし、東は南鳥島(東経153度)、南はドコゾの国が岩だと難癖つける(というか、客観的に見ても岩にしか見えないんだけど)沖ノ鳥島(北緯20度)なので、それに基づけば、本当の「日本のへそ」は遠州灘の遥か南洋上。
寧ろそんな事よりも、東と南の端が東京都というのが驚きかも。

さて、「日本のへそ」を標榜する都市は西脇市以外にもあります。
他には人口の重心で考える場合もあって、その場合は岐阜県関市辺りらしいです。

↓ここは大正12(1923)年に旧陸軍によって計測された北緯35度と東経135度の交点。

いわゆる「大正のへそ」ですが、加古川の河川敷にあって、鬱蒼とした中、埋もれて忘れ去られた感ある石碑。
碑は道路橋(その名も経度橋という)の袂下にあります。
その橋に上がってみる(上流側)→
奥は黒田庄といい、あの軍師の出身地とされる場所。

JR加古川線・日本へそ公園駅→
つまり日本のド真ん中にある駅で、後ろの丘が公園。
駅前の建物は今もご健在という西脇市出身の世界的な画家・横尾忠則氏の作品を展示保存している岡之山美術館。
でも美術に全く興味ないのでパス。

↓国土地理院がGPSで測量した「平成のへそ」。
 
こちらは大正のとは違って、目立つように4本のモニュメントが立ってます。
あたかもこっちが正しいものと言わんばかり。
せっかくなんで、記念に交点にシッコでもひっかけてやろうと思ったけど(ウソです。良い子はそんな事しないように)。

「平成のへそ」からの眺め→

↓にしわき経緯度地球科学館(テラ・ドーム)、入場料は\510(JAF会員は\410)。

プラネタリウムがあり、気象・自然現象などを学べます。
が、外見が子供向けだし、実際入ってみたらやっぱり子供向け。
多くの子供の中に大人がポツンと見物している様は何となく恥ずかしい。なのでさっさと出てしまう。

(586)兵庫県西脇市役所
西脇は市内を流れる加古川支流の杉原川(写っていないけど写真左に流れています)の水質の良さを背景として播州織が発展したので、比較的第2次産業従事者の比率の高い町。
平成17年に黒田庄町を合併し、現在の人口は約42,000人。

後は市内を軽く散策。
↓古い建物が佇む街並み。




ギザギザ屋根が特徴の織物工場→

仕舞屋となったらしき料亭→

横尾忠則氏「Y字路」の原点・椿坂→
「原点」の意味がその時には分からなかったけど、横尾氏のライフワークとしてY字路の風景を描いているようで、そのシリーズの最初に登場する場所がここらしい。

豊川町交差点→

ここの商店街も苦戦しているよう→

↓交差点近くの国登録有形文化財「旧来住家(きゅうきしけ)住宅」。

大正時代に地元名士によって建てられ、犬養首相らのお偉い方が泊まったことのある邸宅で、米価比較で現在の価格で2億4千万円を費やしたという。

頃はちょうどお昼。
そこで、ご当地グルメ「播州ラーメン」を味わいに、その元祖とされる「西脇大橋ラーメン」へ。
するとどうだ・・・→
諦めようかと思ったけど折角来たのだし、私にしては珍しく食い意地が勝つ(食べ物屋で並ぶ事は滅多にない)。

小一時間後、ようやく・・・→
見た目醤油ラーメン、ですが一番の特徴は甘い感じの汁。そしてこれが実に旨い!
さすが長蛇の列ができるだけあるわ。西脇に行ったなら是非ご賞味あれ!

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参考・カッコしてあるのはこれまで行った所→
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150日目 ドでかい算盤と寺院と地球儀

2016-05-23 00:51:54 | 近畿(大阪・兵庫)
2016年5月3日(火)


「おの恋ホルモン焼きそば」でちょっぴり充電(寧ろ放電したかも)して、約5万人が暮らす小野市の中心部へ。

(583)兵庫県小野市役所
好古館(こうこかん)という歴史博物館が市街地にあるのですが、そこがかつての陣屋。つまり小野は陣屋町って事。

↓役所駐車場にある、西暦9億9,999万9,999年まで使えるオブジェ。


小学生の時、とってもイヤだったそろばんの授業。それも「1+5」とか「4-2」とかしかできないお粗末ぶり。電卓が当たり前の時代に生まれたヨカッター!

調べてみたら小野市だけで年間7万丁も作っているらしく、それは全国生産の70%を占めて日本一。
でも寧ろ、昨今のデジタル時代にそれだけの需要があるのにびっくりぽんだわ。
他に有名なものとして「雲州そろばん(島根)」があります。

↓予想はしていたけど、やっぱり存在した特産を拝借した食べ物。

現物を見ずとも形は容易に想像できるし。

役所そばの池「大池」→

↓神戸電鉄粟生(あお)線の小野駅へ行ってみる。
 
立ち込めだした黒い雨雲も相俟って、寒々しい印象が否でも増す駅前。
三木市もそうでしたが、この地域は神戸にそこそこ近いので、来る前は大都市近郊としての賑わいのある所だと思ってました。
何でも粟生線は赤字を垂れ流し続け、存続の危うい路線らしい。電車でなく車でやって来た事に少し罪悪感。

↓駅近くの商店街。
 
気の毒すぎるくらい大苦戦しているよう。
左の建物の看板は上書きされすぎだけど、それがかえって歴史を感じさせるというか、味なものに化けている。
このお店にあるとおり、小野のもう一つの特産として草刈り鎌を主とした家庭用刃物があったりします。

↓どこの廃れた商店街でも、どういう訳だか繁盛していそうで綺麗な店構えをした和菓子屋さんが一軒や二軒あったりする。


↓心配した雨が降り出した中、国史跡・広渡廃寺(こうどはいじ)跡歴史公園へ。

7世紀末頃に建立された寺院。基礎が残っているだけの広っぱで特に面白い所ではない。

実はこれが見たかったのだ→
縮尺20分の1の伽藍模型を見て、気の遠くなるような遥か昔の姿を想像してみる。
ところで「日本一の模型」とパンフレットにはあったけど、どういう点が日本一なのか全くの不明。

↓県道23号線で加西(かさい)市に向かうも、途中で迂回を余儀なくされる。

ここにあった加古川に架かる粟田橋は、3年前9月の台風18号で川底が洗われてしまって沈下してしまったようです。

(584)兵庫県加西市役所
人口は約45,000人。昭和42(1967)年に北条・加西・泉の3町が合併して市制。

市役所のある旧北条町の中心部を歩いてこの日の街巡りは終わりにします。
丸山総合公園の世界一地球儀時計→
直径5mで、重さ14tであるという。

これはオブジェではありません→
北条鉄道の北条町駅。

北条地区は姫路・丹波・但馬・京などの街道が集中する宿場町で、今でも多くの寺院や昔の街並みが残っています。

五百羅漢→
北榮山(ほくえいざん) 羅漢寺にある450体の石仏。
それぞれには異なる表情の顔が彫られているけど、これだけいっぱい並んでいるとかえって気味が悪い。

↓江戸初期築の多宝塔がある酒見(さがみ)寺。


↓虫籠窓、卯建、格子戸などが見られる横尾街道(旧丹波街道)。




さて、疲れを癒しに行くか! それなら温泉が一番。
↓という訳で、西脇市の「官兵衛(かんぺ)の湯」へ。


そして同じ西脇市の「道の駅北はりまエコミュージアム」で車中泊。
この日の走行距離161km、千葉を出てから704km。

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