きらり。

最後は自分で書いて
おもしろいな、
楽しいな、
うれしいな、
そんな日記にしたいです。

日本酒に水を足す母親。

2017-01-04 | お絵かき


(小さいころの私ですが、表情はイメージです…)

母親はいつも忙しかったので、代わりに祖母が面倒を見てくれていました
夕飯のおかずは、今でいうと、漬け魚(醤油などにつけた魚)
小さいころは仕方なく食べていましたが、毎日となると飽きてきます

(嫁ぎ先でその漬け魚をしたら、「うちは漬け魚は食べない」と言われてしまいました
鉄鍋をクレンザーで洗っていたら、「クレンザーは使わないで!」とまたもや否定
我が家(実家)とやり方が、全く違っていたのでした…)

小さい頃の私は、何がご馳走で、何が好きだったのか、よく思い出せないのは
食べず嫌いから来ていると思いました
納豆もあまり食べた記憶がなく、家の前になっているトマトは食べることができました
今のトマトはトマトではありません。全く別物であると思っています

大人の味覚は、ピーマン、ナス、ミョウガでよろしいでしょうが、小さかった私には
とても苦くて食べられたものではありませんでした
たまーに作ってくれる、カレーが唯一美味しかったので、お腹いっぱい食べました

姉と競争をしながら食べていた気がします
祖母は鼻が悪かったので、前掛けのエプロンにいつもチリ紙を入れていました
白いティッシュではなく、いわゆる便所紙と言われる、茶色っぽくて、かたい素材でできている紙でした

(祖母は一回使ったら、また折りたたんで、再度使います
ポリ袋も洗って乾かしていました。子供心に嫌だな、と思ったこともありました。)

便所(トイレ)では、時々その紙がなくなると、仕方なく新聞紙を使ったりしました
そのままだとお尻が痛いので、くしゃくしゃにします
私は気持ちがよくなかったので、数回しかできませんでした

当時の便所は、外にありました。ぴょんぴょんはねる虫もよくでてきました
夜になって真っ暗になると、何やらピューッと走り去ってゆきます

「ひえ~っ」 (犬だったかもしれません…)

怖くてこわくて、夜は家の前(畑)で、用(小)を済ませたこともあります
今もそのチリ紙はまだあるのでしょうか…


父親の酒癖が悪く、こども心に随分と嫌な想いをして生きていました
どんなに年を重ねても、その記憶だけは、消えてくれないのです

当時は、日本酒が主流でした。今のような、ワイン、焼酎、ウイスキー、ビールなどではありません

日本酒の一升瓶だけが、いつも目に入っていました
時々その日本酒を小さな盃に入れて、私も飲んだことがありました
お口の中が、ぼわーっと熱くなってきます。父もその時だけはうれしそうにしていました

父がどれくらい飲んでいたのか、私もよく覚えていないのですが、
三日に一度は暴力沙汰が起こっていました。何故、そんなに怒るのか未だに理解できません

実家は農業を営んでいましたが、それだけでは暮らしていけません
それ以外に、夫婦で外でも働いていました。裕福とは無縁の生活でした

そこで母があることをしていました。日本酒に水を足す、ということをしていたのです
それがばれると、またさらに、父は暴れると思いましたが、なぜかばれなかったようです(?)

どれくらい、水を足したのか定かではありません。今度姉に聞いてみようかな…
もしかしたら、父は知っていたのかも。そんなことを思いました

私の中にはまだ眠っている父の記憶があるのかもしれません
どんな両親でも、私が今ここにこうして存在しているのだから、
きちっと認めなくてはならないのだと思っています

ちなみに、私も、「日本酒」と「倹約」、大好きです♪


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