退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

3連休その3

2017-07-01 01:56:49 | Weblog
雨のちくもり。思ったより降らず。

柴田宵曲「明治の話題」を読む。

俳句・小説などを元に「『明治』という時代」を浮かび上がらせる内容。
そんなことがあったのねという意味であれこれふむふむ。

「弔辞」を数時間前に頼まれた芥川龍之介が
その結果感動している人々に「哀れあるいは憮然とした思い」を抱いていたり。

「校正畏るべし」というのに笑う。
「憲法発布」が「絹布法被」と誤解されるのを代表に。

漱石、子規、鷗外、緑雨、一葉など。
「小説」を「資料」として読むとこうなる模様。

もう少し落ち着いて付き合えたらいいのだが
如何せんこちらの「体力」が落ちてきていてじっくりとはならず。

いささか目が活字の上を滑った感も否めず。
これも「老化」のせいだと思う次第。

TVで「藁の盾」(’13)を観る。

「ビーバップ・ハイスクール」のきうちかずひろが書いた小説が原作だとのこと。
未読なので本編との違いはわからず。

孫娘を殺された金持ちの祖父が犯人殺害に10億円の懸賞をかけるのが始まり。
妻を再犯者に殺された過去のあるSPが犯人護送に関わることになって。

藤原竜也演じる犯人のキャラクターは額に「狂気」と書かれている印象。
意味不明に殺人を繰り返すのみ。

「ギリギリで思いとどまる主人公」を際立たせるためだけにいるような。
結局「動機」は不明のまま敢えて「狂者」を持ち出したような。

もうひとつのポイントは「理不尽に殺された者を持つ人間」について。
「犯人にも死を」という感情が「死んだ人はそれを望んでいますか」という問いで試される。

山崎努演じる祖父はそれで「説得」されてしまうけれど
おそらく「感情のカタルシス」が重んじられる現状ではこれも難しいかも。

物語の「キズ」はタクシーで検問を突破するところ。
そしてラストの「事件」。

前者は「面が割れていない理由」がないから。
後者はついさっきの出来事を忘れているはずがないから。

「犯人」を置き去りにして「語りに夢中になる」というのは
「プロフェッショナル」として「意味不明」というか「ありえない」はず。

どうにも「無理矢理」な展開としか思えず。
「金のために動く人々のリアル」があるだけに残念。

「犯人の母親の自殺」についても同様。
「あさま山荘」当時でも通じなかったパターンを今頃という印象。

もう少し「自然なシナリオ」でないとどうにも。
同僚の息子とのラストは「木に竹をついだ」としか思えず。

「感情のフックの濫用」。
その種の「単純さ」はダメだろう。
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