退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「再び子どもであること」について

2017-03-13 01:23:05 | Weblog
晴れ。コート要らずのあたたかさ。

酒井順子「子の無い人生」を読む。

わが国はどうしてこうも「既成の『幸せ』」が重視されるのだろう。
「未婚で子なし」より「既婚で子なし」の方がキツイことにふむふむ。

ある時期まで「子を産める」からこその「悩み」が女子にはあり。
男子はその「重さ」に腰が引け気味で。

個人的には数少ない経験からも「子どもに子育ては無理」と観念した次第。
結局「自分の世話」で手一杯という感じ。

せいぜい「ヘンなおぢさん」がいいところ。
繰り返すが「カタギの幸せ」とは無縁で結構。

今日は3.11原発事故関連の番組をふたつ観る。

まずはNHKスペシャル「メルトダウンfile.6 原子炉冷却12日間の深層 見過ごされた危機」。

「Isolation Cooling Condenser=イソコン」が作動しているかどうかの確認を誤った事実よ。
すべての処理が吉田所長に集中し「肝心な助言・報告」が採り上げられずに終わったことを指摘。

事故対応時のすべてのやりとりをIBMのワトソンで処理して
コミュニケーションの「偏り」と吉田所長の「疲労」を「証明」。

もうひとつはマル激「なぜわれわれは福島の教訓を活かせないのか」。

「事故時運転操作マニュアル」がありながら現場の人々への「教育」が十分になされず
その意味を理解しないまま「その場限りの対応」に終始してしまったこと。

「マニュアル」に従っていたら第1以外の「メルトスルー」は防げたはずだという指摘。
それが事故調査委員会報告では「脚注」でしか示されない事実よ。

要は「想定外」が実は「想定内」だったのだから何とも言いようがなく。
「その場の空気」に抗えないわれわれの「体質」がまたしても。

本当の「リスクマネジメント」はいつまでたってもできないのか。
ここでも「子どもであること」が再び。

何より怖ろしいのはこうした「事実」があるにもかかわらず「再稼働」が現実であり
今なお事故が「現在進行形」であること。

「コントロールできない『おもちゃ』」を扱ってはいけない。
「単純な事実」を思い出したいところ。
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