退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「わが国という特殊な『磁場』を逸脱すること」について

2016-10-25 02:09:59 | Weblog
快晴。日差しは熱いが夜には冷える。

鶴見俊輔「ちいさな理想」を読む。

晩年の文章を集めたもの。
面白いというより「そういう視点があるのか」という感想。

幼い頃に漢文の素読をやり外国語にも堪能であった著者は
もはや母国語の使用さえ心許ないのが「平均的な国民」であることをどう思うのだろう。

「それは戦争中も同じだったよ」。
そんな返事がかえってきそうな気はするのだけれど。

さて。

今年から中学の英語の教科書の内容が変わったのだがいやはや。

「ゆとり教育」とやらの「反動」が激しく
中1では曜日や月、数字や色などの単語をやたらと早目に覚えさせる指導。

中3では以前は高校でしか教えなかったことを次々に採り入れ
単語の「核となる意味」でなく特定の意味の訳語を教えていて。

中にはそのままの訳を使うと「意味不明な日本語」になるものもあり。
おまけにわが県の高校入試問題は「英語の出来る生徒だけ」を対象とするようなもので。

ただひたすらに「覚えること」を「当然」とするのでは
いたずらに「英語嫌い」を増やすのみ。

おまけにある程度努力しても「報われない入試」が待っているだけだとしたら
まともに付き合う気は失せるだろう。

なんじゃこりゃ。

「アメリカ文化との好ましい接触」もないままに「苦痛」が押し付けられて。
「言語」に「歴史や意味」を感じさせない「教育」などあるのか。

バカバカしさもここに極まれり。
心ある者はこれらの「制度」からただちに逸脱せよ。

いわゆる「ヤンキー文化」に飽き飽きしている身としては
むしろ「新種のヤンキー」が生まれることを望む。
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