退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「選ぶのではない選ばれるのだということ」について

2017-05-20 02:15:20 | Weblog
快晴。29度まで上がる。

島崎今日子「安井かずみがいた時代」を読む。

安井かずみは1960年代半ばから70年代半ばくらいを中心に活躍した作詞家。
以下に代表的な作品を挙げておくと。

「若いってすばらしい」(’66)「恋のしずく」(’68)「ラブ・ラブ・ラブ」(’69)
「経験」(’70)「わたしの城下町」(’71)「赤い風船」(’73)「危険なふたり」(’73)

「草原の輝き」(’73)「古い日記」(’74)「危い土曜日」(’74)「激しい恋」(’74)
「追憶」(’74)「よろしく哀愁」(’74)そして「不思議なピーチパイ」(’80)など。

それぞれに所縁のある人々へインタビューするという形式が生きていて
プリズムのようにさまざまな姿が浮かび上がるのが興味深いところ。

後年「トノバン」加藤和彦との結婚生活に「引きこもる」ようになったのは若き日の反動か。
その内実は外見と違って複雑だった模様。

「センス」によって「遊び場」を与えられた人の一生の光と影を味わおう。
本作のポイントは一緒に遊び彼女を一番よく知っているはずの加賀まりこの発言がないこと。

「純情ババァになりました。」というエッセイを読むべきか。
興味のある向きは是非。

深夜NHKで「Mr.トルネード」藤田哲也を扱った番組を観る。

原爆投下後5日目に長崎を調査した経験が「ダウンバーストの発見」をもたらす「奇縁」。
当初アメリカの気象学会から徹底的に批判された学説はやがて証明されることになり。

自身の過去については一切語らず仲間内では「面白い話し手」であり続けたことなども。
晩年死を覚悟した彼に「病状報告」という「目的」しか与えられなかったと涙する仲間よ。

彼のおかげでかつて起きていた航空機事故は防がれるようになり
人々は今日も安心して飛行機を利用している。

さて。

ふたりとも「才能があるゆえの孤独」に晒されたことが偲ばれる次第。
結局は「選択肢を選ばされているにすぎない『個性』」との違いを十分に知っておきたいもの。
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