退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「ほとんど想像されないことふたつ」について

2017-04-20 02:12:45 | Weblog
『快晴。風強し。

「ほとんど想像すらされない奇妙な動物たちの記録」読了。

昨日とはやや異なる印象で魅力が増した感じ。
少し「焦って読んでいたせい」か。

科学を中心に小説や映画、神話の引用も今日はむしろ好ましく。
贅沢を言えばひとつのトピックにもう少し量があってもいいかも。

ただ本書は「抄訳」なので全部を読めばまた感想は変わるはず。
それにしても「自分というアンテナ」の不確かさよ。

「タイミングの重要さ=ご縁のあり方」の大事さをあらためて。
そこを意識しつつ何がつかめるかがポイントのよう。』と書いてまた寝る。

くもり。おだやか。

エマニュエル・トッド「シャリルとはだれか? 人種差別と没落する西欧」を読む。

「宗教的空白+格差の拡大=外国人恐怖症」という公式にふむふむ。
フランスで孤立した著者が日本との接触でひと息つくという「回路」にも同様。

2年前の1月に起きた襲撃事件に対するデモが
実は「無自覚な排外主義」によるものだったという指摘。

さまざまなメディアで採り上げられたものの
実際には「国民の大半が参加」とは程遠かった事実を忘れずに。

「失業率10%が普通」という経済政策の失敗は「エリート+中産階級」の「無視」もあって
「極右の台頭」と「イスラム系の若者たちのユダヤ人差別」を生み出したとのこと。

同じ年の11月3日には死者130人を出したテロが起きたにもかかわらず
肝心の「都市郊外の荒廃、労働階層の荒廃」に対して政府は何の手も打たなかったことも。

「真の問題」に対処せぬまま実際に行われたのは
「シリアへの空爆の強化」や「警察・軍隊による警備の強化」「非常事態宣言の発令」。

こうした事態は「未だテロは起きていないどこかの国の現実と未来」のよう。
「宗教的側面」を除けばかなり参考になるはずなのだが。

南スーダンからの撤退はギリギリのタイミングでどうにかなったけれどこれはほぼ「幸運」。
例えば「東京オリンピック」が「初めてのテロの舞台」にならないとは限らず。

とりあえずその前に「国内の貧困対策」をもっと充実しないと。
国を問わず「若者の未来が見えない場所」が「危険」であることは確か。

TVだけを観てユニクロを着ていると「見えにくいもの」はたくさんある。
おまけに最近の自民党の「弛緩ぶり」も何ともはや。

「官僚」がいないと答弁できないのは総理から各大臣に至るまで同じく。
次々に繰り返される「資質に欠ける大臣たちの失言や騒動」など。

かくも「貧しさ」を見せつけられるといたずらに「奮起する」層が現れてもおかしくはなく。
その前にどうにか「対処」しないと相当にあぶないことになるかもしれないことを忘れずに。
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