退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「ミミズに関する『斜め読み』と『フォーム』の重要さを教えなかった大人たちがもたらしたもの」について

2017-12-08 02:15:37 | Weblog
晴れ。風なくおだやか。

渡辺弘之「ミミズの雑学」を読む。

著者の気合いにいささか圧倒される冒頭。
ただしアルファベットによる学名の羅列は活字の並びとして微妙。

ミミズは「蚯蚓」と書く。
虫偏の横の文字を読むと「丘」と「引」。

敢えて「『岡っ引き』の語源」などと考えてみるのはいかが。
「土を掘り起こして浄化する作業」が似ているという見立てなど。

もちろん「正しい語源」ではないのでよろしく。
そういえばミミズの中には発光するものもいるらしい。

この分野の研究者は少ないので目指せばすぐに「専門家」になれるかも。
ただしその分類や生態を探るのにはかなり苦労しそう。

先の戦争で資料が焼けてしまったのが残念。
とりあえず「チャレンジ」するにはもってこいの分野だと思われるのだが如何。

ちょいと気になることを少々。

電車を待つ基本は「白線もしくは黄線の内側で2列」だと思う。
ところが他に誰もいないのにその線から結構下がった真ん中でひとり待つ人がいたり。

後から並ぶ者としては彼もしくは彼女の前に立つのはいささか憚られる。
かくしていたずらに列は後ろに下がってホームを歩く人々の邪魔になることに。

あるいは今宵のコンビニでのこと。

ふたつあるレジの出口に近い方の人が
奥のレジの人の出口への通行を気にしてか商品棚のあるところまで下がって待った結果。

後から来て列に並ぶ客は大回りして列の後ろに行かなければならなくなり。
斜めに並べばいいだけのはずがこの始末。

感覚のズレと合理的でない気遣いよ。
「共通感覚」が失われた結果だとは思いつついやはやという感じ。

身近な若者たちを見ていても同様のことがあり。

例えば何事かをチェックする際に従来は異なる行について必ず上から順にしていたものを
なぜか2行目から下からやったりする。

おそらくは「視線の動き」を「彼らなりにラクにするため」だと思われるのだけれど。

つまり。
いったん上から下まで行った視線を上にあげるよりそのまま下から行った方が「ラク」だと。

「正確さ」さえ維持されればどうやろうと結構。
ただしそれでミスしまくるのだから何ともはや。

「フォームの重要さあるいは確かさ」というのがここまで無視されるのは何故なのだろう。
もっともその「意味」が身体にしみこむまで体験させずに育てた大人の責任は大きく。

かくして「人でなし」の横行は続くといったところか。
あらためて「教育の重要さ」に思い至った次第。
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