退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「キレイなものあるいは町の立体化と好奇心」について

2017-06-14 02:53:04 | Weblog
快晴。おだやか。

加藤昌一編「ウミウシ 生きている海の妖精」を見る。

字も書いてあるのだけれどほぼ読まず。
ひたすらウミウシの色と形と模様に没頭する。

参考画像はこちらまで。
群青色や鮮やかなオレンジ、優雅な紫や黄色などの「群舞」にうっとり。

本書では黒を背景にした「ボブサンウミウシ」の薄ぼんやりとした雰囲気が素敵。
「シロスジヒオドシウミウシ」の模様の素晴らしさも同様に。

いやはやこういう「キレイなもの」を見ていると心が和みますな。

それにしてもどうしてこんなに豊かな色彩や形、模様を生み出すことになったのか。
煤けたものばかりに接していると「目が死ぬ」ことをあらためて。

「下世話な色使い」というものがあるのだということも知っておこう。
ほら、そこを歩いている君。

深夜「久保みねヒャダ こじらせナイト」を久方ぶりに観る。

「都営浅草線の駅名」を勝手に変える「駅名ソムリエール」の回。
古地図を元に「味気ない名前」を「由緒あるもの」にするのがいい感じ。

「東西南北」や「○丁目」といった名前の無味乾燥たるや。
「歴史」という「時空」を採り入れれば町がそれだけで「立体的」になるはずなのに。

そうした「豊かさ」を味わえない「貧しさ」に慣れた結果
あらゆる場所がただの「郊外」になってしまった事実を思い出したいもの。

そもそも「名前」には「由来」があり
ひいては「防災」にも役立ったりするのを忘れずに。

「ブラタモリ」におけるタモリの興味の持ち方あるいは理解の仕方を参考にしよう。
物事をどう味わえるかは「本人のアンテナ次第」だという事実が浮かび上がるのみ。

「あなたの知らない世界」はまだまだある。
本来「好奇心」という泉は涸れることがないもの。

いずれ「限られた寿命」なのだから
楽しめるものは存分に楽しむべしと言っておく。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「理解されなかった自閉症あ... | トップ | 「器の小ささと『定期便』」... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL