退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「大瀧詠一=三島由紀夫説あるいはゲリラ戦継続のための『職人気質』」について

2017-05-15 02:16:53 | Weblog
晴れ。おだやか。

大瀧詠一「大瀧詠一 Writing&Talking」を図書館で見つけて途中まで読む。

著者の軌跡をあらためてたどることに。
「ロング・バケーション」のヒット以降も相当に複雑だった模様。

時代より半歩でなく一歩以上進んでいたがゆえに受け入れられない「事実」よ。
それにしてもこの「頑固さ」たるや。

「分母分子論」のあまりに的確な指摘とそれが出来てしまうゆえの辛さが偲ばれる。
「幸せな結末」が「はっぴーえんど」であることを迂闊にも忘れていた次第。

個人的には「EACH TIME」をリアルタイムで買って聴いたのみ。
そこにこうした「歴史」があるとは露知らず。

明日も読むはずだけれど終われるかどうかは微妙。
こんな本が出ていたとは。

どこかでもっと紹介があってもよさそうなのに。
いやはや「自分というアンテナ」の頼りなさを再確認する。

「関ジャム」で「レキシ」を扱った回を観る。

音楽をすることの楽しさを教えてくれるスタイルに大いに納得。
いとうせいこうによる「分析」の見事さとは無関係に。

「無意識の天才」と言うべきか。
大瀧詠一に聴かせて是非とも感想を聞きたいところではある。

それはそれとして。

「ネタがベタになる問題」はここでも。
「音楽の受容の仕方」について「コミュニケーション論」との重なりを見たような。

「すべては受け手次第」となったのだとして
「受け手の『貧しさ』」に甘んじていいのかどうか。

もちろんいいわけがない。
けれども「多数決」には勝てず。

やはり「ゲリラ戦」か。
「消耗」にも関わらず「続ける」意味はおそらく「職人」から調達するよりないだろう。
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