退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「科学と演劇あるいは政治における人材不足」について

2017-05-26 02:20:01 | Weblog
『くもり。仕事場近辺ではパラつく。

池内了「科学は、どこまで進化しているか」を読む。

「宇宙」「地球」「生物」「医学」「エネルギー」「物理」という項目。
「化学」が欠けているのがポイント。

あれこれ「科学本」を読んできた身としてはやや「欲求不満」な内容。
まあ新書なので仕方がないところ。

「原発」に対する危惧には大いに同意するものの
全体として「初心者に興味を持たせる内容」かというと微妙。

とりあえず各種のトピックはあれこれあるので
そこに食い付いてもらえればいいか。』でまた寝る。

くもりときどき雨。夕方になって晴れる。

トーマス・ズデンドルフ「現実を生きるサル 空想を語る人」を読む。

副題にある「人間と動物をへだてる、たった2つの違い」とは。

曰く「入れ子構造を持つシナリオを心のなかで生み出す際限のない能力」と
「シナリオを構築する他者の心とつながりたいという抜きがたい欲求」だとのこと。

ここでも「演劇か」と思った次第。
動物に対する実験の数々に対する評価の「控え目」な感じが好ましい。

ただし如何せん「長すぎる」ような。
もっと「簡潔」に述べられるのではないかと思いながら読了。

マル激を観る。

安倍政権がなぜかくも易々とかつては無理筋だった法案を通すのかについて。
基本は「金と権力」をどうにかしようとした「選挙制度改革」にあった模様。

「派閥による争い」のマイナスを「政権交代」で埋めようとしたものの
「政党交付金」を握る党が「公認権」も手伝って「何も言えない与党議員」を生み出し。

一方野党は「政権獲得時の失敗」を総括しないまま「地力」をつける努力をせず。
「受け皿」になりきれない勢力がどんな「キレイごと」を言っても無力だと。

有権者に関しては「好ましい未来」を夢見られた「オジサンたち」とは違い
若者たちは最初から「現状維持」が「ギリギリ」であることなど。

かつては「族議員」が官僚の思惑をチェックできていたのに今できなくなっているのは
それをしても「選挙に影響が少ないから」という「構造」もあり。

「地方議員」という「下部組織」がしっかりしている自民党とそうでない民進党では
お話にならないほど「地力」に差がある模様。

そこで浮かび上がるのが共産党の「調査能力」だったりするものの
ヨーロッパと違って「大転換」をするつもりはないときては。

もっともトランプやルペンの登場がないだけマシという「見方」もなくはなく。
いやはや何とも「希望」の持ちにくい時代ではある。

要は「役者不足」に尽きるのかも。
この分野にもっと「資本投下」はできないのだろうか。

見渡せばどの世界も人材不足の感は否めず。
やはり育てるしかないと思うのだが如何。
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