退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「語録と古き良きアメリカ」について

2016-10-17 03:17:37 | Weblog
晴れ。深夜になって降る。

「上野千鶴子のサバイバル語録」を読む。

読んだことのあるものとそうでないもののあれこれ。
しかし「語録」にして意味があるのかと思いつつ。

ある種の「魔除けもしくはお守り」だと思えばいいのか。
表紙が赤いので「毛沢東語録」を思い出したり。

著者はさまざまな「資源」に恵まれながら「新たな資源」も開発してきたはず。
「カリスマ」として持ち上げるのはほどほどにして「紅衛兵」は「自分の道」を進もう。

ジョン・フォード「モホークの太鼓」(’39)を観る。

監督初のカラー作品でここにもナタリー・カルマス。
ヘンリー・フォンダとクローデット・コルベールという組み合わせがちょいと風変わり。

建国当時のアメリカの「歴史」の一部が描かれている。
イギリスが「インディアン」を使って主人公の土地を襲わせるのが嫌らしいところ。

「砦の門」の姿がわが国の「城門」に似ているのにふむふむ。
「幸せが続きますように」と祈る姿が「後の不幸」を暗示する「王道パターン」もあり。

アダムのワード・ボンドの陽気さとマクレナー夫人のエドナ・メイ・オリバーの「男ぶり」が素敵。
とりわけ家が燃えているにもかかわらず亡き夫の買ったベッドから離れない後者の姿に笑う。

牧師ローゼンクランツが神をバックに「戦闘態勢」を盛り上げるのも覚えておこう。
「インディアン」ブルーバックは本物の酋長で「コメディ・リリーフ」。

引き続きジョン・フォード「駅馬車」(’39)を再見。

同じ年の作品でもこちらの公開が先でモノクロ。
やはりスタントも含めて馬が疾走するシーンの迫力がスゴい。

斜めからが基本だけれど地面から見上げるシーンもあり。
「ジェロニモ族の妻」が歌うところはすっかり忘れていた。

「緩和の後の緊張」がキビキビとしたカット割りで表される心地よさ。
クレア・トレヴァーの「娼婦ダラス」の存在はモーパッサン「脂肪の塊」から。

それぞれに「ワケありな乗客」の中で何もないのが酒売りのピーコック。
「人間模様」の魅力と同時に「『文明』があやまちを許さないもの」であることも忘れずに。

アル中の医者トーマス・ミッチェルが一見酒に溺れているようで
飲む相手を選んでいることも同様。
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